第一章:ミステリアスでスリリング

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ーside 加藤ー 「朝だよ」  コーヒーの香りがふわりと漂って、俺は薄っすらと目を開けたけど、布団を被り直しながら寝返りを打った。 「俺、今日は午後出勤だから」  そっけなく返事を返す。 「そ。今夜は帰ってくるの?」  俺を揺すり起こしていた手をあっさり止めたその男は、どっちでもいいんだけどと言わんばかりの声色で尋ねてくる。 「……わかんない」 「そ。鍵掛けて出掛けてね」 「……ん」  常識だろ、なんて言葉は飲み込んで俺は再び温かい夢の中に落ちた。  携帯のアラームが鳴ったのはそれから数時間後。もちろん俺を揺すり起こした男はもうこの部屋にいない。布団の中から這いずり出てキッチンに向かうと手紙と一緒に朝ごはんが用意してあった。 『おはよう。食べてください』  相変わらずの達筆で簡単に書いてある。  お皿の上にはハムエッグが一つ、ラップに包まれて置いてあり、その横には袋に入ったままのイングリッシュマフィンとレトルトのコーンスープがあった。 「相変わらずだな」  あの男はろくに料理ができない。そのくせ一人暮らしだ。俺の方がよっぽど料理が出来るだろう。塩すら振ってなさそうなハムエッグとマフィンを温めながら、ぼんやりと窓の外を眺めた。  時刻は午前十って想像していなかったけど、まさかここからこうやってフープを見下ろすことになるなんて、今でもちょっと信じられない。  実家はここから自転車で十五分のところにある。だけど俺はここにいる。他人の家に上がり込んで、布団も歯ブラシも下着もワックスも少しの着替えさえ置かせてもらっている。 「今日はさすがに帰ろうかな」  ここ最近ずっと泊めさせてもらっている。駅が近いからだ。今日の仕事は雑誌の取材が一本と、ラジオの収録。それだけ。ラジオだってたったの十五分。それでももう一年以上やらせてもらっている。  あの男と出会った時にはもうラジオはやらせてもらっていたけど、朝の七時十五分から始まるそのラジオを、毎朝あの男が聞いていると知ったのは、案外最近のことだ。  鈍感なんだよ、本当にあの男は。毎朝毎朝ラジオで俺の声を聞いてるくせに、それが俺だと気付いていない。初めて会った時だって、俺を俺だなんて気付きもしないで喋りかけてきたし、再会した時だって、誰だっけ?なんて顔をしやがった。これでも俺は芸能人だぞって大声で言ってやりたかったけど、今となってはいつ気付くのかが楽しみだ。 『おかえり。今日は実家に帰ります』  メモにそれだけを残し、俺は仕事へ出掛けた。
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