第一章:ミステリアスでスリリング

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 ギブスの付いていない足をベンチの上に折り曲げ、その膝に顔を埋めていた彼は、全然僕に気付いてくれなくて、「あの……」と声を掛けたら、飛び上がるみたいにビックリして顔を上げたんだ。  髪は真っ黒で、凛々しい眉と大きな瞳。一般的に見てもかなりカッコイイ。予想以上のイケメンに驚いたけど、それよりも驚いたのが、彼がバッチリ泣いていたことだった。 「あ! ……ぁ、すみません」  僕は慌てて謝って、彼も急いで涙を拭った。そして不審な目で僕を見るから、コートに入っていたココアをおもむろに取り出した。 「あの……、あのコレっ、良かったら……どうぞ」  自分でもよく分からない。せっかくのラッキーココアを彼に差し出してしまった。  少年が一人、夜の公園で泣いているのだ。どうにか元気付けなければ……というのはどこか違う気もするけど、声を掛けずにはいられなかったし、かと言って、どうしたの?なんて聞きもならない。出てきた結論は、ココアを渡すといったくだらないものだった。  こうするしかなかった僕に、彼は一瞬怪訝な顔をしたけど、目を細め、じっと僕を見つめながらゆっくりと立ちあがった。 「ありがとう……ございます」  絶対に受け取って貰えないと思っていたラッキーココアだったけど、以外にも彼はすんなりと受け取ってくれた。それが嬉しくて思わず笑みがこぼれる。 「はは、さっき自販機で二個も出てきたんですよ。ラッキーでしょ?」  僕からは彼の顔がよく見えた。「はぁ……」と不思議そうな顔をする彼も、「なんなんだ、コイツ」と完全に僕を疑っている顔も、全部見えていた。だけど、もしかして彼からは僕の顔が見えていなかったのかもしれない。公園の外灯は僕の後ろに立っていたから、逆光で何も見えていなかった可能性はある。 「僕のラッキー、半分わけてあげます。だから、元気出してくださいね」  そう言った僕に、彼が驚いた顔をしたのだって、しっかりちゃんと見えていた。 「もう遅いので、気をつけてください。……足、お大事に」  僕はそう言って笑ったけど、きっと見えていなかっただろう。  彼に背を向け、公園を囲っている生垣の間を通った。だけど植木にコートが引っかかって、反動で鞄を落としそうになった。後ろから「わっ」と驚いた声がして、なんとか鞄を落とさずキャッチすると、彼を振り返り苦笑いを見せた。 「はは、お恥ずかしい。大丈夫です」  彼はここで初めて笑った。綺麗な顔に浮かべた笑顔は、見惚れそうになるくらい印象深かった。静かな夜だったけど、少し変わった夜だった。寒かったけど、どこか温かい夜だった。  公園を出て、歩いて五分も掛からないアパートへ向かう。冬の空は曇っていて月すら見えなかったけど、風はあまり吹いていなくて、空気だけ随分と冷え切っていた。それでも手の中のココアは温かくて、自分の心もどこかほんのり温かかった。
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