07 襲撃

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07 襲撃

 王宮に二泊、実家に一泊して早朝、王家から迎えが来て馬車に乗って出発した。隣国へ行くには早馬だと三日、馬車だと七日、早船で一日かかる。早船だと楽だし時間もかからないけれど何隻もなくて、私が乗るのは王家専用船であった。  しかし船着き場に向かってしばらく走ると、武装した一団が馬車を囲んだ。私の護衛達は船着き場で待っていて、私は身軽く屋敷から出てしまったのだ。  馬車が道端に止められる。バラバラと馬車の周りを囲まれて、ものも言わずに引きずり出された。皆、覆面姿の男であった。 「何者ですか。無礼を働くと許しませんよ」  気丈に誰何したが誰も物も言わないで別の馬車に乗せられた。  殺されるのだろうか。それとも凌辱されるのだろうか、それとも奴隷に売られるのだろうか。恐ろしい想像が幾つも頭の中をぐるぐる回る。  昨日までの出来事はみな夢だったのか、私はやっぱり薄ぼんやりのヘイジィでしかないのか、意地悪で思いやりが無くてマリア・コンセッタを虐げる悪魔のような女のままなのか。  馬車は何処かの別荘に着き、客室のような一室に軟禁された。別荘も部屋も何となく薄暗くて淀んでいるような所だった。  ドアは鍵がかかって開かない。窓には鉄格子がはまっている。ベッドがひとつとテーブルと椅子、壁紙に薄茶色のシミのある部屋。何かの臭いが染みついたような部屋。  しばらくして部屋に入って来たのは紺の髪で背の高い男だった。 「クレパルディ様……」 「やあ、セラフィーヌ。久しぶりだね。君ときたらあの後すぐに居なくなっちゃうから探したよ」  相変わらず優しい口調の綺麗な方だが、何だかこの男が怖い。 「何故? あなたは私を婚約破棄した癖に、何の用なの」 「私はあいつに騙されたのだ」 (あいつって、誰?) 「君を連れて来れば許してやると言ったのだ」 (許すって……、誰を?) 「だがあいつは言い訳ばかりで、君を連れて来ることも出来なかった」 (マリアじゃないでしょうね?) 「だから始末をつけてもらった」 「どういう事なの」 「楽しませてもらったよ」  暗い瞳でニヤリと笑う顔に背筋が震える。 「それはどういう、あなた達は結婚したんでしょ」 「するものか。あいつは節操無しだ」 「そんな、嘘よ」 「どうでも良い。君も、楽しませてくれるね」 「それはどういう……」  ダヴィードはナイフを取り出した。それは照明に冷たくきらりと光る。先が尖って奇麗に磨かれてとても、そう、とてもよく切れそうなナイフだった。 「ふふ……」  ダヴィードはニヤリと唇を歪めて笑う。獲物を甚振る目付きで。怖気が走る。 「ふふふ……、ステキだセラフィーナ。その恐怖におびえた顔。すごくいい」  この人は狂っている。  手に持ったナイフを舐めて、構えた。ギラリとナイフが光る。  マリアはあの時、なぜ来たのか。  なぜ家に誘ったのか。  ロザリアは何故この方が怖いと言ったのか。  ベルタとロザリアはなぜあの時、急に来たのか。  今頃それが分かるなんて。母が言っていたではないか。 『この頃、物騒になったのよ。若い娘を狙った犯罪があったりするし』  ダヴィードの歪んだ欲望に塗れた顔を見ながら、そんなことが私の頭の中をぐるぐる回る。どうすればいいのか。逃げられないのか。何かないのか。  この男に婚約破棄されて、私は屋上でひとりぼっちで死にたくなった。  でも、もう諦めたくない。負けたくない。私は──。  私はドレスをばっと持ち上げた。  オルランド殿下は私の留学先に来てはあちこち案内してくれた。その中には下町の舞踏場も広場もあって踊り子達が踊っていた。ドレスを掲げて足を振り上げて。  殿方はびっくりして目が足に向かうらしい。  私は気晴らしにそのステップを内緒でよく踏んでいた。  ダヴィードが呆気に取られて見ている。ドレスをフリフリ足を上に掲げて振り回す。右足上げてダンと床を打つ、左足上げてダンと床を打つ、そして、床を蹴ってジャンプ! ナイフを持っていない方に着地!  ダヴィードの肩の辺りに落ちた。彼はダッと後ろに飛び退って、避けられてしまう。 「きさま!」  ああ、ダヴィードは怒り狂ってナイフを構えた。スカートを持ったまま後ろに下がる。でも捕まりそう。ナイフがキラリと光る──。  だがそこにドーーーン!! とドアを蹴飛ばして、ドヤドヤと人が雪崩れ込んできた。 「セラフィ!!」  真っ先にオルランド殿下に抱きしめられた。 「無事か! 怪我は!?」 「殿下……」  彼の顔を見た途端、私は気が抜けて腕に掴まったままズルズルとその場にへたり込んだ。すぐに殿下は私を抱え上げる。  抱き上げられてボロボロと涙が零れた。 「私、絶対、死にたくなかったの、一緒に生きたいって……」  殿下の顔を見ると、また痛いような顔をして余計に抱え込まれる。  たくさんの騎士に埋もれて、ダヴィードの姿は見えない。ベルタとロザリアが騎士の間から心配そうに私を見ている。ブランケットをふたりが差し出して、殿下は私をそれに包んだ。  ダヴィードは何人もの令嬢をその手に掛けたようだ。  クレパルディ侯爵家は取り潰しになった。マリアは犠牲者の中に名を連ねていた。伯母は半狂乱になって、病院に収容された。  私はしばらく公爵家の別荘で静養した後、殿下に付き添われて留学先に戻った。   * * *  無事に学校を卒業して帰国して、すぐにオルランド殿下と結婚式を挙げた。  そりゃあもう、近隣諸国の王侯貴族を招いて盛大なものだった。  無事に結婚出来た事が嬉しくて、式が終わってボロボロと泣いてしまった。  隣国の王太子殿下ご夫妻がそれを見て殿下を冷やかす。 「まだ我慢だ」 「セラフィ様、気を付けて」  殿下の留学仲間も一緒になって冷やかす。 「わあ、可愛いな!」 「その泣き顔! どこに隠してたんだ!」  ひやひや。 「お前らいい加減にしろ!」  普段温厚なというか、怒った所を見たことがない殿下が切れてびっくりした。  不安になった私に「後で説明するから」と、焦ったように言う。  それは初夜で説明してくれた。 「いや、君の泣き顔が凄くくるというか──」 「くる……?」  殿下は説明を途中で放棄した。 「ねえセラフィ、私は散々待ったんだ。もう許してくれないかい」  そう言って私の唇に情熱的なキスをした。  何となく分かったような分からないような、誤魔化されたような、でも余裕が無さそうだし、こういう殿下も可愛いとか余計なことも思ったりして、あれこれ考えている内に殿下はコトをどんどん進めて行った。  翌朝、あまりの出来事に拗ねて怒った顔をしたら、 「可愛い……」と、またしても揉みくちゃにされた。  新婚旅行が終わって、王宮に戻るとベルタとロザリアがいたのでびっくりした。  ベルタは私の護衛として、ロザリアは侍女として私に仕えるという。  どうもベルタは最初から殿下に依頼されて、私の護衛をしていたらしい。  途中からロザリアも巻き込んだという。ロザリアのダヴィードに対する怖いという感想が、ベルタが彼女を抜擢する理由らしい。 「ロザリアは勘がいいのですわ」 「わたくしたちも王宮に勤めることが出来て、それが王太子宮だなんて、嬉しいですわ」 「とても幸運だったと両親も喜んでおりますの」  ベルタとロザリアが口々に言う。  私もダヴィードとの婚約が壊れた時は、これからどうしようと、どん底に突き落とされたような気持だった。王宮勤務もありかとも思ったけれど、私はのんびりしているから向かないかもしれないし。 「そうなの、よかったわ。二人ともよろしくお願いしますね」  そう言うと二人そろってにっこり笑って頭を下げた。  結婚した後、殿下がよく冗談で言う。 「あの飛び蹴りは凄かった。アレが飛んで来るかと思うとおちおち何も出来ないな」 「何がしたいんですか?」  ちょっと睨む真似をすると引き寄せて「私には君だけだ」とキスをする。鼻の頭に一つ。頬に二つ。 「ていうか、あの時見たんですか!?」  オルランド殿下は顔を上に向けて肩を竦める。 「前衛の騎士がドアをそっと開いたら、隙間から様子が見えたんだ。今思い出しても気が気じゃなかった。この腕の中に君がいるのがまだ信じられないよ」  そして極上のキスが降りてきた。 「セラフィ、愛してる」    終
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