02 婚約

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02 婚約

 別荘から帰るとマリアが来たのでお土産を渡した。すると翌日また伯母が来た。 「別荘に行かれたそうで、マリアは寂しくお留守番でしたわ。せめて一言誘ってくださるとかあっても良かったのでは。それを自慢げにお土産を差し出されたそうで、マリアは泣いていましたわ。可哀そうだと思いませんの?」  別に自慢げに差し出したりしていない。  公爵様の御招待だったし、いきなり来たマリアを誘えなかったけれど、それを言うと余計ややこしくなる。 「ごめんなさい」と、謝るしかなかった。 「もっと優しい、思いやりのある子に育てなくてはいけないわ」と、母が叱られている。私の方が泣きそうだった。  伯母が帰った後で、「お母様、ごめんなさい」と、謝ったけれど。 「いいのよ」  そう言って、母は私を抱きしめてくれた。   * * *  十五歳になって、私は王都の学園に通う事になった。  姉は婚約者であった方と学校を卒業して結婚している。兄も学校を卒業して、父のお手伝いをして領地経営を学んでいる。  そして私にも婚約者が出来た。ダヴィード・クレパルディは候爵家の長男だった。私より一つ年上で、紺の髪の背の高い綺麗な方だった。  私は相変わらずぼんやりと霞んだ容姿で、なんで私を選んでくださったのか、よく分からない。子爵家の財産とか、公爵家との繋がりとかだろうか。 「クレパルディ様は素敵な方ね」  学園に入ってお友達になった伯爵家のベルタが言う。きりっとして身のこなしがきびきびとした、赤髪の美人だ。 「でもちょっと、皆様に親切過ぎないかしら」 「私はあの方ちょっと怖いわ」  こちらはご近所の幼馴染のロザリア。栗色の髪の男爵令嬢だ。  私たちは王都の学園の近くにあるカフェでお茶をしている。この後本屋に寄って、流行りの本を買ってタウンハウスに帰るつもりだ。 「私、このベイクドチーズケーキが好きだわ」 「セラフィーナ様は程々の甘さがお好きなのね」 「私はレアチーズの方が好きだわ」 「チョコレートケーキが好き。この濃厚な甘さとほろ苦さ。うーん」  ロザリアはあっさり系、ベルタはほろ苦系がお好きのようだ。私はこの店のチーズケーキに入っている隠されたナッツがもたらす風味が好きなのだ。 「そういえば、オルランド王太子殿下が隣国からお帰りになったそうよ」  この国の王太子殿下は隣国に留学して卒業された後、この国の周辺国を回って帰られたと、新聞に出ていた。  この国より隣国の方が教育熱心だしレベルが高い。各国の王族も遊学していて社交もレベルが高いし、王族は大変だなーと呑気に思った。  王宮で年頃の子息令嬢を集めてお茶会があったらしいけど、うちは子爵だし関係ない。でもベルタは伯爵家だし。 「ベルタ様は王宮のお茶会に行かれたの?」 「まあね」 「きゃあ、オルランド殿下ってどんな方?」と、ロザリアが聞く。 「そりゃあ、もうお綺麗でスラっとして背が高くて、物語の中の王子様そのものだったわ」 「へー、そんな方が実際にいらっしゃるのね」  そう言えばマリアも伯爵家の令嬢だし、参加したと言っていた。 「王宮は素晴らしかったわ。王太子殿下も素敵だった。きっとわたくしを選ばれるわ。あなたのような薄ぼんやりしたヘイジィじゃなくてね」  そう言って嘲るように嗤ったのだ。ああ、詰まんない事を思い出してしまった。  流行りの本を買った後、ベルタが小さなアクセや小物などを扱っている、素敵なお店があると言うので行くことにした。  お店の中を見ていると紺のステキな髪留めが目に留まった。そう言えばダヴィードから頂いたものは、お花とかお菓子とか差支えの無いものだった。  こういうのは自分で買ってもいいのだろうか、とぼんやり考えながら外を見ると、ダヴィードがいた。見間違いではなかった。しかも、おひとりではない。綺麗な女性と一緒だったのだ。私は慌てて二人から目を逸らせた。  私は友人と別れて屋敷に帰ってから、ひとり悶々として過ごした。  ダヴィードは見目が良くて優しいので、婚約者が彼のような人で嬉しかった。  将来の事も自分の頭で色々想像していたのだけれど、彼らを見てガンと頭を殴られたような衝撃を受けた。二人の様子はそれほど親密そうなものだったのだ。  私の思う夫婦像は目の前にいる両親と、公爵家の祖父母だった。どちらも仲が良い。ダヴィードとは政略結婚として考えないといけないのだろうか。私が身を引くべきなのか。このままだと、あのような美しい女性を愛人として認めるのか。  どうしたらいいのか。いい考えも浮かばず、踏ん切りもつかず、不安だけが黒雲のように湧き上がって来る。  ダヴィードは人気があって、どの方にも平等に優しくしていた。それは私に対してもそうで、私はあれが見間違いであったらと心底思った。  でもそれは、マリア・コンセッタが入学してくるまでだった。
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