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成園三次という男
私は成園さんに促されるままに船内を進み、初めての一等食堂へ入った。入り口で一瞬ためらった私に成園さんは、
「大丈夫です。私と一緒ですから。何か言われたら私がご馳走しますから。今日は、お近づきのしるしに。」
と意外にもスマートに私を気遣った。
私たちは奥の席に座った。成園さんは、私に嫌いなものは無いか? 酒は飲めるか? などと聞き、慣れた様子で注文をした。
「適当に頼みましたが、お許しください。お酒はとりあえず麦酒を頼みましたが・・・」
「えぇ、大丈夫です。ありがとうございます。私は何でも飲めますので。」
「それはよかった。では、日本酒も?」
「えぇ、日本酒も。」
「それはよかった。ではぜひ、麦酒の後は日本酒を。この船を出たら帰るまでは飲めませんからね。」
どうやら成園さんは、意外にも育ちがよく世間慣れしたイケる口らしい。出会った時からの口ぶりで、私はそんな印象を抱いている。なんだか少しほっとした。それほど妙な人でもなさそうだ。私は微笑んで成園さんの言葉に頷いた。
「さて、私の素性ですが・・・ 私の実家は神社をしておりましてね。父が宮司をしております。その父はまぁ、特にこれといって話すこともないのですが。
あっ、誤解のないように加えておきますが、父の事は好きですし立派な人だと思っております。ただ、たまたま生まれた家が神社だったので、そのまま神職に就いた普通の人です。だから特にお話しする事も無いという意味で・・・
問題は母方の方なのです。母方は代々巫女の家系でしてね。母は、三姉妹の末娘なので嫁に出て父と結婚しました。
巫女の家の方は、母の姉二人が引き継いでいる訳なんですが、その能力は三姉妹共が受け継いだようです。
そして実のところ、三姉妹の中で末の母が一番能力が強いようです。今でも時々、伯母たちに呼ばれ母が実家へ手助けに行く事もあります。」
「ほう。そうでしたか・・・」
私はまだ、半信半疑である。そんな私をにやりと見て麦酒を飲み、成園さんさんは先を続けた。
「私は五人兄弟の三男で、末っ子で生まれました。長男と次男が神職を継ぎ実家の神社に勤めております。
そして次に生まれた長女と次女が見事に母の能力を受け継ぎまして、母は大喜びでした。姉たちが幼い頃から母は色々と伝授しておりました。
ですが長女は別の仕事を選び、外で働き嫁いでしまいました。今は旅館の若女将をしております。次女は巫女として実家に残り、時々頼まれては託宣のような事をしております。
そして最後に生まれた私ですが、これが男でありながら母方の能力を受け継いだようでして、色々と見えたり聞こえたりしてしまう体質なのです。
しかし、すでに実家の神社は上の兄二人と姉一人が勤めておりますので、私はそれほど当てにもされておらず、こうして自由にしている訳です。そこで私は、受け継いだ能力を生かして探偵を始めた次第です。」
「なるほど。ご実家の事情につきましては、とてもよく分かりました。それで、その能力というもので見て、私が美人を連れていると仰るのですね?」
「えぇ。今もぴったりとあなたの後ろに立っておいでですよ。私たちの会話を聞いておられる。」
思わず背筋がゾクッとした。そして、なぜか右後ろを振り返った。
「ははっ。そうです。今あなたが見たその辺りです。はははっ。やはり人間の本能や第六感というものは、侮れないですな。」
成園さんは、愉快そうに笑っている。なんだか面白くない気分だ。まるでからかわれているようだ。
「失礼、失礼。決して悪戯な気持ちではないのですよ。あなたの勘の良さに敬意を抱いただけです。」
成園さんがすかさず発した言葉に、私は完全に心を読まれている気分になったが努めて落ち着いて、
「いやぁ。成園さんは、私の心までお見通しのようだ。正直私は、少しからかわれて気分になっているのですよ。」
「これは誠に申し訳ない。失礼があったようで。」
成園さんは頭を下げた。その態度に私は、ちょっと気を好くした。
「いえ、あなたは意外と好い人そうだ。最初にデッキで逢った時から今まで、私は警戒していたのですよ。
その・・・ 風貌もえらく独創的ですし肩書も怪しい。ですがこうして話してみてご実家の事も伺い、何処かほっとした所がありまして。」
「あぁ、それはよかった。そう伺って私もホッとしました。」
「そう、その感じ。あなたは非常に美しく心地好く話す。そこに誠実さが感じられるし、形式美さえ漂っている。」
「はははっ。そこまで褒められたのは初めてですね。しかも初対面で。
実家の家業が特殊ですからね。それなりに厳しく育てられたのですよ。神に仕え日頃の行いまで問われているような職種ですからね。
こう見えて私も神職の勉強もしてきていますし、それに言霊についても両親からずっと叩き込まれてきましたから。」
「なるほど。そうでしたか。通りで。」
私は大いに納得した。そしてこの成園三次という青年に、興味と好感を持ち始めていた。
「それで成園さんは、どうしてイギリスへ?」
「えぇ、私は友人を頼りに向こうのミディアムというものの実態を見に行くのです。」
「ほう。ミディアムですか?」
「えぇ。日本ではまだ巫女が主流で、そういった世界の事は女性が圧倒的に多いですが、イギリスでは男性も能力を持った人が活躍されているとか。それを確かめに行くのです。」
「そうなのですか。イギリスではそのような仕事があるのですか・・・」
「えぇ、そのようです。せっかく受け継いだ母方の能力ですから、男であってもお役に立てる方法があるのならと思いましてね。」
成園さんが、初めて照れ臭そうにして言った。その様子に私の好感度は上がった。
「ところで、あなたはどうしてイギリスへ? そうだ。よろしければお名前を伺っても?」
「あぁ、これは失礼。まだ名乗ってもいませんでしたね。私は橋本と申します。
あなたの事務所からも近い私立の高校で英語教師をしています。
今回、ロンドンの高校から美術の教師がうちの高校に留学生として赴任してくることになりましてね。その交換留学という事で、私が向こうの高校へ赴任する事になったのです。」
「はぁ、そうでしたか。それはまた楽しみですね。英語の先生なら言葉も心配ないですね。羨ましい。私はまだ、あまり話せなくて少々心配です。」
「でしたら、この長い船旅の間に私が手助け致しましょう。英語は得意ですから。」
「本当ですか? 橋本先生、ぜひお願い致します。いやぁ、助かります。私はなんてLuckyなんだ。」
「Yes. You are Lucky Guy!」
私たちは顔を見合わせて笑った。
麦酒も尽きたので日本酒を飲み、互いの事をさらに話した。そうして私は、すっかり成園青年に魅了されてしまった。
明日からは、英語上達の手助けをするという楽しみも出来た。こんな船の上でも人の役に立つ事ができ、長旅のよい友が出来た。船での時間も充実したものになりそうだ。
私は上機嫌で自分の船室へ帰った。
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