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 四十代くらいだろうか。濃いメイクに、胸にかかる長さの艶のない茶髪。胸元がざっくりした赤いニットのワンピース。ボディラインが(なまめ)かしい。  美春が対面(といめん)に座る女を観察していると、「私はタヌマレイコ」と、(かす)れた声で名乗った。この喫茶店に入るまでもぞんざいな態度で、感じがいいとはいえなかった。 「あの……ご用件は……」  女は電子タバコの煙を吐き出すと、無言でスマホの画面を美春に見せた。  美春の目が止まる。ラブホテルに入る自分の後ろ姿だ。 「まだあるから」  赤いネイルの指先で、女が写真をスライドする。ホテルの前でトモキと別れる瞬間を盗撮した写真だ。頭が真っ白になった。 「これ……」といったきり、言葉が出ない。 「あんたさあ、あたしの客盗るんじゃないよ」  険しい目で美春を睨む。 「ネットに拡散されたくなきゃ手え引いて、今までの稼ぎをあたしに渡しな」  女は、ハルヒコとトモキは元々自分の客だったのを、美春がネコババしたと(とが)めた。 「こっちはあんたのパート先も知ってんだよ。変な気起こすんじゃないよ」  金をよこせと女が右手を突き出す。 「待ってください。私、そんなこと知らなくて……お金も急には……」 「それはあんたの都合だろ? あたしには関係ないね。わかった、ばら撒いていいんだね」  女がスマホの操作をはじめると、美春は慌てて制した。  結局、なけなしの貯金をおろして、女に二十万円を手渡した。
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