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 九時半過ぎに夫の晃一(こういち)が帰ってきた。疲れた顔でスーツの上着をテーブルの椅子に引っかけると、冷蔵庫から発泡酒を取り出し、缶を傾けて飲みはじめた。 「お帰りなさい」 「ああ、ただいま」  二人とも話を広げる気がないように、会話がそこで終わる。 「風呂はいってくる」  晃一は半分だけ飲んだ発泡酒を冷蔵庫に戻し、浴室に足を向けた。発泡酒の残りは風呂上がりに飲むのだ。一日一本のルールを守ってくれている。毎日発泡酒二本分のアイスコーヒーを飲んでいるのは後ろめたかったが、晃一には内緒にしていた。  ハンガーに吊るしたスーツに消臭剤をかけながらテレビに目をやる。少子化対策の特集で、経済学者が、三人目の出産に一千万円支給しても国として元が取れると、パネルで説明している。なんかムカついた。  こっちは一人でも汲々(きゅうきゅう)だ。二人目も無理だし、三人目なんて一千万円じゃ足りない。保育園はどうするのか。そもそも元が取れるって、人を集金マシン呼ばわりして腹が立った。  もともとは二人目も作るつもりだった。自分も晃一も一人っ子だから、兄弟が欲しかった。次は男の子がいいねと夢を語っていたが、その夢は、晃一のリストラで粉々に砕け散った。再就職はできたものの、年収六百万が四百万に激減し、マンションの四千万円の返済の重みが一気に増した。年二回のボーナス払いも念頭においた返済計画だったが、転職先はボーナスが出ないことが普通で、出ても基本給の一ヶ月分だ。しかも、残業代も月二十時間までは本給に含まれている。つまりサービス残業だ。リストラされたときは必死で、むしろすぐに再就職できて安堵したものだったが、焦って再就職したのが失敗だった。  十一時半過ぎ、ダブルサイズのベッドで横になった美春は、背中を向けて寝息を立てている晃一の右手をそっと握ってみた。気がついた晃一は握り返してくれたが、「ごめん、疲れてるから……」と、手を離した。  美春もその気があったわけじゃなく、試しただけだったが、やはり寂しさを覚えた。最後に晃一に抱かれたのは何年前だろうか。ぼんやりと考えているうちに眠りに落ちた。
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