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 土曜日。夫は披露宴の余興の練習があると、十時過ぎに家を出た。帰宅は早くても夕方だろう。美優の髪を()かし可愛いリボンをつけたあと、自分の服装に悩んだ。あれこれ着てみて、けっきょくオフホワイトのサマーニットに、薄手の紺のカーディガンを羽織い、薄い紺のレースのスカートを合わせた。ニットは大きめの胸が目立つ。男の人は好きだろうと決めた。念のため下着も黒いレースで揃えた。  十一時半に美優を送り届けたあと小田急線に乗り、十二時過ぎに新宿に着いた。西口地下の交番の近くで待機する。場所は美春が指定した。もしハルヒコが怪しい男だった場合でも、交番の近くなら安心だ。  ハルヒコとは何度かメッセージをやり取りし、軽い冗談も言い合えるようになっていた。会ったこともないのに、友達みたいで不思議な感覚だった。自分の目印はコーヒーブラウンの編み込みのバケットハットと大きめの丸いサングラスだが、これだけの人混みで出会えるだろうかと不安がよぎる。 「あの、ハルミさんですか……?」  スマホに目を落としていると不意に声をかけられ、慌てて顔を上げた。十センチほど上から自分を見下ろしている。 「あ、はい、ハルヒコさんですか?」 「はい! あーよかったー」  そういって笑うと、健康そうな白い歯がこぼれた。  ハルヒコはイメージどおりの爽やかな青年だった。白いTシャツの袖から浅黒い筋肉質の太い腕が伸び、胸筋がくっきり盛り上がっている。身長は百八十はありそうだ。さっぱりした短髪と清潔感があるしょうゆ顔。初恋の人に似ていた。美春は動悸が速まるのを感じた。  西口地下の喫茶店に腰を落ち着けた二人は、改めて自己紹介をした。  昔からの友達のように話しやすく、自然と会話が弾んだ。  ハルヒコがトキメキメールを使うのが初めてじゃないと知って、美春は意外だった。 「リアルな恋愛は奥手で……トキメキメールは気が楽なんだけど」 「気軽にご飯とか誘えばいいのよ。誘われたら嬉しいものよ」 「ですかねー。野郎とばっかツルんできたんで。そっちのが楽なんで」 「そうなんだ。でも、私とは普通にしゃべってるじゃない。おばさんだからか」  美春がアハハと声を立てる。 「そ、そんなことないっス。ハルミさん、すごい綺麗です。スタイルも。ぶっちゃけ、ドキドキしてます」  美春の方がドキリとした。耳の後ろがカッと熱くなる。  あっという間に一時間が過ぎ、美春はちらとスマホの時計に目をやった。 「ハルミさん、このあと時間ありますか……?」  ハルヒコの真剣な眼差しが、その先の意味を語っている。美春はたじろいだ。今日は会うだけのつもりで来た。自分が断ればハルヒコは引いてくれるだろう。ただ、思っていた以上にハルヒコは好青年で、好意が芽生えていた。 「ハルミさん、無理にとは絶対いいません。もし嫌だったら帰ってもらって大丈夫です。ただ俺は、もっとハルミさんと一緒にいたいです。それだけです」  まっすぐな言葉が心に響いた。美春はこくりと、首を縦に振った。
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