1退職後の2か月

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1退職後の2か月

 皆さん、お久しぶりです。今年の1月に仕事を退職してから2か月以上が経ちました。私のその後などあまり興味がないかと思いますが、どうぞお付き合いください。  さて、この2か月の間、私は何をしていたのか。端的に表すと『家でダラダラしていた』である。つまり、実家で働きもせずに無職をしていたわけで、両親に甘えていたとも言える。幸い、両親は文句を言いながらも無職の間、私を養ってくれていた。  とはいえ、2か月の間、ずっと家でダラダラ過ごしていたわけではない。ハローワークで雇用保険の手続きを行って、職探しもしていた。転職サイトにも登録して、ハローワークと転職サイトの両方を活用しながら進めていた。実際に履歴書を送って面接に挑んで『採用』連絡がきたこともあった。  しかし、現実の私はいまだに無職である。世の中が厳しいことを改めて感じた2か月だった。  最初の職探しでは正社員の仕事を探していた。やはり、給料や待遇面で正社員は魅力があるし、長く働きつづけるなら正社員の方がいいと思っていた。だからこそ、前職での経験を活かせる事務職をメインに企業に応募していた。  最近、世の中は賃金を上げろという動きが活発になっている。しかし、それを実行しているのは日本のどれだけの企業だろうか。事務職の求人で私が納得できる給料と待遇に巡り合うことが出来なかった。  そもそも、企業側が求める人材が高望みしすぎている。給料の割に仕事の内容が重すぎる。そんな優秀な能力を有している人なら、もっと給料が高いところに流れているだろう。首をかしげるような仕事内容と給料のところもあった。  そういった企業の求人は、インターネット上で随時求人を募集していた。高望みしすぎて採用できていないのか、採用しても辞めてしまうのか。それはわからないが、求人が随時出ている企業は闇が深いと感じた。  とはいえ、文句ばかり言っていては、いつまでたっても仕事は決まらず、無職のままである。とりあえず、市内や近郊で事務職の求人がある企業に面接を申し込むことにした。  面接は受けたが、年齢のせいだろうか。30歳という、結婚も見据えた微妙な年頃のせいかはわからないが、面接は落ち続けた。こちらからも願い下げというところもあったので、面接に落ちたところで特に気にしてはいない。  面接というのは、面白いものだ。昔は面接するのが嫌で嫌で仕方なかった。人前で話すのが苦手でさらには極度のコミュ障。面接を好きだと思う要素が一つもない。今回もしぶしぶ企業に出向いて面接に赴いていたが、一向に慣れる気がしない。  そこで考えを変えてみた。相手は私が会社に使える人間かどうか精査している。だったら、私もまた相手を見極めてはどうだろうか。そう考えたら、ほんの少しだけ面接に行くのが苦痛ではなくなった。とはいえ、緊張しすぎてうまく話せたわけではないが。 「算数はできますか?」  正社員の面接で一番印象に残っているのは、あるリフォーム会社での面接だった。事務職を募集していたが、その中には接客も含まれていた。接客が入るため、休みは土日ではなかった。そのため、あまりやる気は出なかったが、それでも約束を取り付けたからには面接に挑むのは当然だ。  そこで問われたのがこの質問だ。その会社は履歴書のみを持参して欲しいとのことだった。今までの会社は履歴書と一緒に職務経歴書もセットのことが多かったので少し不思議に思っていた。しかし、その理由が判明した。  私はこれでも大学を卒業している。まさかの質問に驚いてしまった。いったい、どんな人種が面接に来ていたのだろうか。 「あなたは大丈夫でしょうけど、心配な人がいたの」  そんなことを言われて、世の中、採用する側も大変だなと妙に同情してしまった。結局、私はその会社に採用されることはなかった。  会社の仕事内容は良くても、勤務先が遠くて断念した企業もあった。前職と同じ事務職の中でも「営業事務」という形で、顧客からの受発注や見積もりの作成、電話対応などが主な仕事内容だった。仕事内容も待遇も私が納得できるものだったが、いかんせん職場までの道のりが遠かった。いや、遠くはないかもしれないが、そこまでの道のりは高速道路の入り口付近を通るルートで、朝の通勤ラッシュがかなり混みあう。  平日の朝10時に面接に伺ったが、既にその時間でもかなりの交通量だった。高速道路の入り口付近を通るということで、トラックの台数が多くて運転があまり得意でない私はその時点で無理だと悟った。申し訳ないが、採用が来る前にお断りした。場所が良ければ働きたかった職場である。  前職が正社員だったため、次も正社員の仕事をしなくてはならないという固定観念の元、転職活動に励んでいたが、まったく決まる兆しが見えない。  そのままダラダラと日にちだけが過ぎていく。基本的にインドアで友達もいない私は、それ以外の日を家で引きこもるような生活を続けていた。
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