一日目 とてもありふれたモノ その2

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一日目 とてもありふれたモノ その2

 部屋を出ると赤い絨毯を敷いた少し長い廊下を歩く。螺旋の階段を下っていくと、煌びやかな広いホールに出る。ここを右に曲がれば食堂なのだが、今朝は喉の調子が悪い。私の身体は水分を欲して、気が付けば左側にある自販機コーナーに足を運んでいた。数百本の種類の飲み物を選んでいると、ふと隣に厳めしいオーラを放った少女が居た。私と同じ様に飲み物を探している様なだが、その目付きの悪さは目の前の自動販売機と喧嘩を始めてしまいそうなほどである。  艶のある真っ直ぐな紅い髪。腰に触れるほどの長髪だ。肌は褐色でサングラスを額に載せている。横目で厳しいと思ってしまうのも納得の風貌だ。それでいてスレンダーな手足は、スポーツ選手というよりもモデルに近い。西洋画のような美しさを纏った彼女に私は思わず見入ってしまっていた。 「なに? あんた」  視線に気付いたのか、彼女はいきなり睨め付けてきた。女子にしてはやけに低い声だ。怒りを買ってしまったと思い私は超速で視線を外した。が、 「ねぇ、聞こえてるわよね?」  追撃は止まることを知らず、いつの間にか私の真横にピッタリと付いている。冷や汗が止まらず、気が付けば私は駆け出していた。見事なまでの遁走である。 「何で見つめただけで、あんなに怖い声をだすのかな」  後ろを振り返る事無く、何とか食堂の入り口まで逃げてきた。 「? というか今の人何だか見覚えが……」  そう呟いたところで。先ほど見たモノを思い出して、 「でも、あんな色の瞳をした人見たことないからなぁ」  彼女の双眸はトパーズの様に黄色に輝いていた。夜の中で見れば、双子の月が目の前に現れた様に見えるだろう。もちろん、私の記憶にはそんな人物はいない筈だ。きっと記憶違いだろう。  食堂に入ると既に朝食を摂り終えたであろうお嬢様達が口を上品に抑えながら談笑している。そう言えば、入学したての頃。口を押さえて笑う高貴なお嬢様に向かって「にんにく料理でも食べました?」何て聞いて、雅乃にドン引きされたことがあったっけ。まぁ、いいや。  食堂はバイキング形式で、早くくれば人気なメニューを確保できるのだが……寝坊常連の私からするとそもそも、今し方トレーに載せた鮭おにぎり以外のメニューがあるのかすら怪しい。  見渡して雅乃居る席を探した。すると、あからさまにポツンと孤立している親友の姿があった。  葡萄色の髪を靡かせるその姿。耽美な容姿は美しく、それ故に他者を拒絶する。ここにはプライドの高いお嬢様ばかりだから、雅乃の様な人は鼻につくのだろう。まぁ、私はプライドなんて犬に食わせているのだから、彼女の目の前に座ることに何の躊躇いも無い。 「遅かったわね」 「ごめん、飲み物を買いに行こうとしたけど、買えなかったので、ただ遠回りしただけでした」 「?」 「ま、まぁそれはともかく……それなに?」 「何って、あんかけ焼きそば乗せチャーハン(特盛)」 「文字数だけで、胃がもたれてくるわね……太るよ?」 「な!? ひ、必要なカロリーでしょう!?」  なるほど。雅乃の周囲に人が寄らないのは、単に朝からこの量を食べる人間を横に座らせたく無かっただけなのだろう。見ているだけで満腹を超えて、胃液が逆流する。メシテロとはこのことか。  雅乃は頬を赤らめて、私と目線を合わしてはくれなかった。しかしそれでもスプーンの勢いは止まらないのだから、彼女の健啖家ぶりはいずれ天下を取ることであろう。  朝食を摂り終えた私達は一度寮に戻り、そして今度は本校舎に向かって歩み始めた。西洋風なヴォーリズ建築を模倣した本校舎は、屋根の赤みと壁のベージュが程よい配合を生み出し、上品さを醸し出している。半年ほど前に工事に入った本校舎は急ピッチでその姿を変えて、今に至っている。本来の和風な造りとは打って変わって、洋風な建築へと変わった時は愕然としたが、半年程経つと案外落ち着くものだ。  なお、校長の頭を悩ましているのは、西洋な造りなのに名前が「桜木葉学園」だと言う点らしい。 「おはよーー!! 雅乃に風香ーー!!」  金髪の尻尾を上下に振って、元気溌剌と言わんばかりと声で挨拶する。今し方廊下を走って近づいて来ているのは、ポニーテールのよく似合う阿波ヒヨコという少女だ。 「そんなに急いでどうしたの、ピヨ」  ちなみに彼女の愛称は「ピヨ」である。 「日直なんだよねーー今日。この高校さぁ、日直サボると一週間継続して日直やらされるでしょ? 今、ちょっとまずいんだよねぇ」  雅乃が時計に目を向けると、ホームルームの鐘が鳴るまであと二分というところ。日直は毎朝職員室に先生を呼びに行かなければならない。ここから職員室までは二分かかるかどうか。 「全く、貴方って人は風香と違う方面でだらしないわね。第一遅刻というのはね、油断と不規則な生活からーーむぐ」  雅乃が説教を始めそうだったので、私は慌てて口を塞いだ。 「さんきゅ、風香!!」 「あ、コラ!! 待ちなさ、むぐむぐ……!!」 「じゃーね、雅乃ママ!!」 「誰がママだ!! 私はまだ16歳!!」  輝かしい光を放ちながらピヨは職員室へと向かう。今の様な挨拶を通りかかる一人一人にしているため、彼女が泣きながら今週日直をやり続ける未来が見えてしまう。  今にも怒髪天を衝く勢いで、燃える炎を纏わっている雅乃。口を押えていた両手を離して、風香は言った。 「コケッコー」 「どうしたのよ。遂に脳が鶏レベルまで落ちぶれた? 前々から思っていたけど、やっぱりその髪色はトサカだった?」 「いやヒヨコの母なら、会話できるかと思って……」 「……鶏以下ね」
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