ずっと好きだった

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ずっと好きだった

母の話を聞いて、 今度こそ反対されても、 東京に行こうと思いました。 何でだと思います? あなたが結婚した姿なんて 見たくなかったから。 いっそ、 海外赴任でもできればと思って、 そのためには東京本社の採用にならなきゃならないから、 それからは必死で勉強しました。 母子家庭だし、 そういうの、 不利になることもあるって 聞いていたから、 資格取って、成績を上げるしかないって思った。 それなのに、やっぱり力及ばずで…。 地元採用にはなったけれど… 情けないったら、ない。」 自嘲気味に笑うしかなかった。 お姉さんは、 立ち止まったまま… 振り返らない。 泣いている…? しばらく… いや数秒だったのか… やがてお姉さんは振り向いて、 微笑みながら言った。 「だめよ、 ゆー君そんなこと言ったら。 同情だってわかってても、 勘違いしちゃうでしょ。 …自分で、 好きでもない人と付き合っても… って言ったばかりじゃない。 大丈夫。 この歳で彼氏がいなくたって、 別に淋しくないから。 ちゃんと、 ここに好きな人がいるから。」 と自分の胸に手のひらを当てた… 「慰めてくれなくてもいいのよ。 相変わらず、優しいのね。 でも、そういうの罪作りかもよ… じゃあね…」 片手を上げ、 笑顔のまま行こうとする。 「違う。違うんだ。 同情なんかじゃない。 あなたのことが… ずっと好きだったんです。」 「嘘…嘘よ…」 そう言いながら振り向いたお姉さんの笑顔は、もう消えていた。 瞳が潤んでいた。 「本当なら… そんなに好きだったんなら… 攫い(さらい)に来ればよかったのに。 誰が隣にいたって構わずに、 自分のものになれって 言えばよかったじゃない。 ばかよ…。」 「いつまでたっても子どもで、 あなたとの歳の差が 越えられない壁のように思えて、 言えなかった。 近づくのさえ怖くて、 諦めようと思った。 弱虫なんです。 もう、忘れたと思っていたのに… あなたのことは。 なのに、会ってしまったら… やっぱり、 あなたが他の男のものになるのは 嫌なんだ。 こんなんだけど、 それでも僕の隣には、 あなたがいて欲しい。」 抱きしめたお姉さんの肩はか細くて、 壊れそうで怖いほどだった。 「遅いよ… こんなに待たせて… それに… いつまで私はあなたのお姉さんなの? 口説くんなら、 名前を呼んでくれなきゃ… ゆー君。」 「僕も、 いつまであなたの弟なんですか?」 「どう呼んだらいいのかしら?」 「あなたは特別な人だから、 ゆちょんって呼ぶのを 許してあげます。」 「嬉しい…」 初めてお互いの名前を呼びあった。 そして、 初めて触れる彼女の唇は 柔らかくて、 温かくて、 ほのかに甘い香りがした。         初恋   おわり
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