4 取次役と侍女頭

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 4 取次役と侍女頭

「あの」  ミーヤは持っていたパンを皿に置くと、顔を上げて視線をセルマに合わせる。 「どうしました」 「あの」  ミーヤはそこで一度言葉を止めたが、思い切ったように言葉を続けた。 「キリエ様にセルマ様を頼むと言われました」  ミーヤはセルマの反応を気にしたが、セルマは表面的には何も変化を見せることはなく、 「そうですか」  と一言だけ答えた。  2人はそのまま、黙ったまま夕食を食べ終え、ミーヤが食器を部屋の外に待機している衛士に渡し、もう一度部屋の中へ戻る。    戻った後はセルマはいつもと変わりなく、 「そういえば、今日読んだ本にこんなことがあったのですが」  と、いつものように普通に会話を始める。 「まあ、そうなのですね、存じませんでした」 「らしいですよ」  ミーヤもにこやかに話を聞きながら、そのいつもの様子、あまりに変わらない様子にかえって胸が締め付けられる。  セルマの覚悟はそれほど強いのだと思い知らされた気がした。何があろうとも自分の覚悟の前には取るに足らない問題だと考えているから、だからこその平静なのだろうと。  今のセルマは以前ほどキリエに対して敵対心を持たなくなったようにミーヤには見えていた。あの水音の事件の時にキリエが自分のことを心配してくれていることを認めたくなくても認めるしかなかったのだろう。リルからあの「アベル」を借りてきてくれて、そして守って助けてくれた事実を。  ミーヤが無罪放免になった後もセルマのそばにいた方がいいと判断し、そのまま世話係を命じて同じ部屋に置いてくれたこともあるかも知れない。色んなことを総合して考えると、どう考えてもキリエがセルマを心配しているとしか判断できないはずだ。  だが、それでも、ミーヤとこうして普通のように見える関係を築いていてもなお、セルマは自分に与えられた役割を全うしようと決めている。ここから出たら元のままの「取次役」に戻ってキリエを宮から追い落とし、自分が権力者になることで世界を助けるのだと決めているのだ。何があってもその決意は揺らぐことがないのだろう。  そして一方のキリエ、こちらもセルマのことを気にかけその身を案じてはいるが、何があろうとも侍女頭として、この宮の主たちのためならば何でもする。決して取次役の思うようにはさせない。その決意が揺らぐことはない。  以前、キリエがセルマが自分と似ていると言ったことがあったが、本当にその通りだとミーヤは痛感していた。どちらも信念の前には自分の命など(ちり)と同じ程度にしか思っていないかのようだ。  そしてその信念を貫かせている原因はあの「秘密」なのだろう。本当なら自分のような末端の若い侍女が決して知ることなどないであろう、この世の危機にすらつながるかも知れない「秘密」   (キリエ様もセルマ様もその危機からこの宮を、この世界を守るために自分の正義を貫いていらっしゃる。なぜその方向がこんなにも違ってしまわなければいけないのだろう)  ミーヤの胸を痛みが貫く。まるでキリエとセルマの信念の矢が撃ち抜くかのように。 (そして今度は……)  今まで、キリエと自分たちの向く方向は同じだと思っていた。だが、もしかすると今まで2本だと思っていた矢は3本なのかも知れない。 (それでも……)  自分は自分として、信じる方向に向かって進むしかないのだ。 (この部屋を出た先はどちらに続いているのだろう)  ミーヤは自分もいつもと同じ様子でセルマと話を続けながら、そう考えながら今だけの時間を過ごしていた。  キリエがミーヤに「エリス様ご一行を宮に入れるな」と命じ、アランが「何も状況は変わらない」と言ったその翌日、三度目の召喚があった。 「なんか、今度はあっさり来ちまった感じだな」 「全くだな」  カースにいるはずのトーヤのつぶやきに、宮にいるはずのアランがそう答える。 「もうみんな慣れちまったからじゃねえの」  ベルも平然とそうつっこむ。 「そうかも知れねえな。さて、一応点呼な」  トーヤが全員が揃っていることを確認する。今回はダルはリルの部屋だ。 「ダルの位置だけ確認すりゃ問題なさそうだな」    トーヤがからかうようにそう言ってから、 「さて、御大(おんたい)、始めようぜ」  光に声をかけた。     光は何も言わずきらきらと光の波を全員に送ってきた。  まるで祝福の光のように。 「で、だな、前回は女神のマユリアが自分の体を使えって言ってラーラ様が生まれてきて、そのおかげで無事に次の親御様が見つかった、そこまでだったよな」 『その通りです』 「で、その親御様から無事にマユリアが生まれてきた。ちょっと考えてたんだがな、今度から普通にマユリアっつーたらこのマユリア、2回目の任期中の超べっぴんの当代マユリアのことでいいかな? 元の女神様なんてのが登場して話がややこしくて仕方ねえや。あんたの侍女の女神様の時は女神マユリアって呼ぶよ」 『ええ構いません』  トーヤの提案に光が少し面白そうに柔らかな光を放つ。 「そんじゃその当代マユリアが無事生まれました、その続きな。今度はいよいよこいつ、『黒のシャンタル』の話だ」 『分かりました』  今度は光が何かを()むように、少し悲しげに光の波を送ってきたように皆が感じた。
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