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朝に電話なんてめずらしい。そう思いながら、紺野梨花、の名前をタップする。間髪入れず彼女の叫ぶ声がした。
「ちょ、事件!」
「どした?」
「お弁当に入れる卵焼き、作ろうとしたら!」
ああ。
「男が出てきた! 全裸の!」
ああ……ああ?
「……フウフウ鳥のヒヨコだよ。大丈夫、明日には巣立っていく」
「そうなの……? ていうか、なんで知ってるの?」
「……あとで話すよ」
僕の背後のテレビからニュースが聞こえてくる。
――ポゴレタ星の養鶏業者が食品偽装で捕まったうんぬん。卵からヘビやカエルが出てきたうんぬん。回収し代金は返金させていただきますうんぬん。
女と男が出てきた僕たちは特殊なケースなのかもしれない。
「今日、こっちに来てくれる? こいつと二人は嫌」
「おっけ」
誰、ねえ誰と喋ってんの、と男の声がして、彼女がまた叫んだ。「うっるさい」
男のヒヨコもヒトの言葉が通じそうだ。
「ちょっと、スピーカーにして。そいつと話、させてくれる?」
「ええ……」怪訝そうな調子で彼女の声が遠ざかる。代わりに、低い男の声がした。
「ども」
「彼女に何かしたら、ただじゃおかない」
くすっと笑う声。
「できるわけないよ、このサイズで」
「それと、ついでに聞きたいことが。渡り鳥ってなんで渡るの? 別のヒヨコに訊かれて、餌と繁殖のためって答えたら味気ないって言われた」
「餌と繁殖のためだよ」
「……そっか」
僕はその答えにがっかりした。あのヒヨコが言ったことだ。何か深い意味があるんだろう。そう期待していたのに。「じゃあ、彼女に代わっ……」
僕の言葉を、弾むような声が遮った。
「けどよ。渡りが終わりに近づくだろ。すると遠くから、見慣れた形の、青く光る山が近づいてくる。故郷の山だ。『ああ、帰って来た』って思う。あのゾクゾク感ったら、ないぜ」
僕の目は、自然と窓の外の濃い青空に移った。それから、男のヒヨコに「ありがとう」と言って電話を切った。
スマホに目を戻す。次に電話すべき場所を探して、僕の指は彷徨う。埃をかぶっていた市外局番から始まる番号の上で指を止める。スマホと指は、四年分離れている。
僕は息を吸って、目を閉じた。何も見えなくなる。けれど、真っ暗じゃない。卵の殻の中はこんな感じなのかな、と思う。
薄く明るく、世界はすぐそこにある。
僕は目を開けて、スマホの電話番号をちょん、と叩いた。
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