フウフウ鳥が歌う夜

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 僕は反射的に殻をテーブルに投げつけた。後ずされるところまで後ずさる。血の気が引き、狭くなった喉で心臓が鳴り始める。  ――何かの虫か。いや。ちらっと見えた姿は虫にしては大きすぎる。じゃあ、カエルか。去年の夏、どこから侵入したのか、小さなアマガエルが部屋の床を跳ねていたことがあった。僕の部屋が一階にあるせいだ。驚いて死ぬかと思った。カエルが卵に入り込んだのか。まさか。カエルにだってそれをする理由はない筈だ。とにかく退治だ。でも、包丁なんか振り回して、運よく当たって、そいつの中身とかが部屋中に飛び散ったりしたら、僕も死ぬ。気持ち悪さに耐え切れず、死ぬ。だとすれば、今使える武器はトイレに置いてある殺虫剤だけだ。  ここまで五秒くらいで考えた僕は、息を殺し、茶碗の向こうの「何か」に気取られぬよう、背中をそろそろと壁から離した。  僕が動くのと同時だった。  その「何か」が茶碗の影から姿を現した。自信たっぷりの足さばきで。  僕は何度も瞬きをしてから、その姿を凝視した。  女だ。  小さい。  裸だ。  スマホの長辺ほどの背丈の、裸の女だ。  女はゆるくうねった黒い髪を掻き上げた。 「熱いじゃない。びっくりしちゃった」  ランウェイを歩くモデルのようにきゅっと顔を上げ、茶碗を回り込んで歩いてくる。小さいつくりだが、彫りの深い東欧風の顔立ちが見て取れる。細くくびれた腰は、柔らかな軌跡を描いてすらりと長い手足へと続いている。  ああ、それなのに、うまいところがうまい具合に隠れている。ちょうど白の羽毛でできたビキニを着ているようだ。  ――失礼だよな。目を逸らさなきゃ。でも。もっとじっくり見たい。  僕の葛藤に気付いたように、女は立ち止まってくすりと笑った。  僕の顔にじわじわと血が通い始めた。「あー」と辺りを見るふりをすると、部屋干しのハンガーからぶら下がったままの紺のハンカチが目に留まる。それをパチンと引き抜く。声が上ずった。 「これヘェ、良かったら、からだに巻くとか……まだ、寒いし」  横目でハンカチを渡しながら、僕はおそるおそる尋ねた。 「君は……なに?」  からだに巻いたハンカチの端を器用に胸の前で結びながら、彼女はさばさばとした調子で答えた。「ヒヨコでしょ?」 「ヒヨコじゃないよ、どう見ても」  上目づかいの目が僕を見た。「じゃあ何?」  僕はのろのろと立ち上がり、冷蔵庫を開けた。  何か間違った卵を買ったんだろうか。
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