フウフウ鳥が歌う夜

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 がらんとした冷蔵庫に、瓶入りキムチと十個入りの卵パックがぽつんと入っている。今日で七個目だったから、残りは三個。パックには卵の他に長方形の淡い緑の紙が一枚、挟まっている。  僕はそこに書かれている文句を目で読んだ。  ――ポゴレタ星産、有機飼料で育てたフウフウ鳥のおいし~い卵。 「おいし~い」の「~」が若干胡散臭いが、おかしなところは何もない。スーパーでよく見る、フウフウ鳥の卵だ。いつもはニワトリの卵を買うが、時々ポゴレタ星のこの卵がセールで安い。味もニワトリと大差ない。  僕は冷蔵庫の扉を閉めて、ヒヨコを向いた。 「……初めて、ヒヨコに遭遇した。フウフウ鳥のヒヨコはみんな君みたいなの?」 「突然変異よ」 「突然すぎるし、変異すぎる」  ヒヨコは茶碗に右肘をのせ、左手でご飯粒をつまんでもぐもぐ食べた。 「ここだけの話。有機飼料なんて言ってるけど、ほんとはがっつり成長促進剤とかあんなのとかこんなのとか使ってるのよ。そのせいじゃない?」 「今まで食べた、同じパックの卵は普通だったよ」  ヒヨコは茶碗からからだを離して細い腕をさすった。「わたしだけ、何かの濃度が濃かったんでしょ。やだこの、ツルッツルの肌」  僕が次の言葉を探して黙っていると、ヒヨコはすっと窓に目を向けた。 「心配しないで。フウフウ鳥は巣立ちが早いし、渡り鳥なの。いつまでも居候するわけじゃないから、名前もいらないわ。あ、でもあなたの名前は聞いとく」 「……僕は樋口颯太、だけど……。居候、する気なんだね……どれくらい?」  ヒヨコは考えるように、指をふっくらした唇に添えた。「時間は相対的でしょ。場所に対しても生き物に対しても」 「……もしかして、分からない?」  ヒヨコはふん、と辺りを見回した。「きったない部屋ねえ」
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