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ヒヨコの手前、なんとなく卵かけご飯は気まずくて、今朝はキムチをご飯に乗せた。賞味期限をだいぶ過ぎたキムチはにおいも酸っぱさも増している。
ご飯粒を食べ終わって、ヒヨコはするりとテーブルから降り、掃き出し窓の方へ姿勢よく歩いていく。ガラスにピタリと両手をつけ、顔を上に向けた。「ねえ。地球の空気を吸ってみたい」
「ここも地球だよ」
ヒヨコは首を回して僕を一瞥した。「キムチ香る空気じゃない空気よ」
ふんと笑って僕は立ち上がり、窓を半分開けた。
ほっこりとした春の柔らかな空気が、淀んだ部屋の空気と入れ替わる。
窓の下は、隣のアパートとの隙間の狭く雑草だらけの地面。ちょうど白い朝日が射し込んで、明るい。
ヒヨコはすとんとそこに飛び降りた。「土の匂い……。眩しい……。ねえ、」ふいにヒヨコの言葉が途切れた。
次に僕が見たのは、気配なくいきなり現れた猫の白い前足がヒヨコを押し倒す光景だった。
裸足のまま僕はパッと外へ出た。「おい!」
野良猫の瞳孔まん丸の驚いた目が僕に向く。そして猫は縮んだバネがいっぺんに伸びたような速さで走り出し、アパートの影に消えた。
ヒヨコは頭を抱えるようにして丸くなっている。僕はそばにしゃがみこんだ。「……大丈夫か……?」
「……びっくりした。大丈夫」目をしばたたかせると、ヒヨコはよろよろと起き上がった。
見ると、辺りに真っ白な羽毛が散らばっている。それに、ヒヨコのからだにはところどころ濃い色の染みが見える。
「でも、血が……」
ヒヨコは自分の細い腕に目を向けると、くすっと笑った。
「違うわ。羽毛の生え変わりが始まったの」
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