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初夏
3月に中途入社して3ヶ月。
暑い日も増えてきた。目まぐるしい日々の中で、いつの間にか季節が変わっていた。
新卒の新入社員も、研修を終えて続々と配属されてきた。
中途入社のわたしは、新入社員の人達とこの会社でのキャリアは変わらないけど、少し歳上だ。
少々気まずい。
小さな小さな企画を通してもらったり、
わたしのアイディアを広げて使ってもらったりはしていたけれど
まだまだ会社に貢献している、という気にはなれていなかった。
望まれて入社したのに、不甲斐ない。
せめて少しでも役に立ちたいと、雑用は率先してやっていた。
以前のイベントで使った立て看板を倉庫に運ぶ途中、
台車のコントロールが上手く利かず、廊下の曲がり角で右往左往してしまった。
「ほら〜、そういうのは男手を頼りな、って言ったでしょ〜」
朗らかな声と共に手が伸びてきて
伊佐さんが台車を押してくれた。
わたしだけにじゃなく、この人は周りのみんなに対して優しい。
「あっ、ありがとうございます!」
そんなに大柄ではないけど、やっぱり男性なんだな。
スイスイと台車を操って行く。
「森田さんはねぇ〜、頑張り過ぎ。もっと他の人に頼んでもいいんだよ?」
そんなつもりはないんだけど…自分1人でできると思った。
ふと見ると、伊佐さんは大きなショッピングバッグを肩から下げていた。中身は宣材だろうか。重そうに撓んでいる。
台車を奪われたわたしは手ぶら。
「伊佐さん、そのバッグ持ちます!」
「いいのいいの、そんなことされたら俺の方が楽になっちゃう〜」
おどけた言い方に、またこの人の優しさを感じた。
「女の子はね〜、重い物なんて運ばなくていいの!」
もう女の子って歳でもないんですけど……
なんて言ったら、また諌められてしまいそうだ。
黙って、少し後ろからついて行った。
無意識に、修の後ろ姿を思い出していた。
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