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夏
本格的な夏を迎え、ギラギラと照りつける太陽の下での営業は、絞れそうなほどの汗をかいた。
朝倉企画では、自分の足で外回りをすることがあまり無かった。
ここよりもう少し郊外に立地していたから、出ることがあっても、車での営業が多かったのだ。
デスクワークも多かった。
ZAXコーポレーションでは、駅近なこともありほとんどの取引先に電車で出向く。
会社の地下駐車場には従業員用の空きが無かったので、車で通勤すると近くのコインパーキングに停めることになる。
出費が嵩むので、次第に電車で通勤することが多くなってきていた。
駅前のコインパーキングの料金はえげつないのよぅ。
退社時間になっても外がまだ明るい。自然と同僚の皆さんと飲みに行く機会も増えた。
昼間の暑さも手伝って。
わたしも電車通勤だし、誘われれば喜んでお供します♪
酒飲みなのだ。誘われなくても1人で飲んだりもする。
今日はビアホール。
「俺ここ〜!」
安定の伊佐さんが、わたしの前の席に陣取る。
なんでも、わたしの手元を正面から見たいのだそうだ。
恥ずかしい。そんなに言われてしまっては、逆に意識してぎこちなくなってしまう。
「そのさ、ビールジョッキにちょこんと添える左手もいいよね」
いやもうほんと、実況中継やめてください。
恥ずかしさに俯くしかない。
そうかと思うと、みんなが空けたジョッキを束ねて持ち上げて、新しいジョッキを運んでくれる。
ブッフェ形式のおつまみも、バランスよく持ってきてくれる。
伊佐さんは、昼間も夜もフットワーク軽くよく働く。
「手伝います」
「そーお?じゃあこっち持ってってね」
メラミンプレートによそられたイカのぽっぽ焼とポテトを渡された。
伊佐さんはジョッキを3つ、いっぺんに持ち上げた。
軽い方を渡してくれる。ブレないよね、優しさが。
席に戻ろうと人混みを並んで歩いていると、すれ違った人とぶつかりそうになった。
「ひゃっ」
知らない人のジョッキの冷たい水滴が、わたしのフレンチスリーブから出た素肌に当たり、ちょっとびっくりしてポテトを2、3本落としてしまった。
「大丈夫!?」
「大丈夫です。少し驚いちゃっただけです」
急いでイカのぽっぽ焼とポテトのプレートをテーブルに置く。ぽっぽ焼のタレがこぼれないように、そーっと。
落としてしまったポテトの回収をするべくバッグからポケットティッシュを出していると
「もう拾ったよん」
と、紙ナフキンで既に回収したポテトを持った伊佐さんに微笑まれた。
「森田さんが“そーっと”置いてる間に片付けちゃいました〜!」
鮮やか。
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