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秋
ZAXでも、少しずつ大きな仕事を振られるようになり、日々充実していた。
美奈ちゃんとは今でもひと月に1回程度、食事や飲みを共にしていて、朝倉企画の話を聞くことも多かった。
「結菜さんは会社を離れたから、逆に相談しやすいんですよ。会社の人に愚痴ると、ちょっとマズかったりしますしね」
そうだよね。わたしに愚痴っても、朝倉企画の人にバレることはまずない。
その上、社内の人間像も勤続年数分よく知っている。
面倒な説明をする必要のない、都合のいい愚痴り相手だろう。
思う存分吐き出すがいいさ。
「イカ食べます?」
今日はカジュアルなフレンチレストラン。
「え?イカ?」
「この、“イカと秋野菜のマリネ”美味しそうじゃないですか?結菜さん前に、お好み焼き屋さんで『イカ食べたい』って言ったの可愛かった(笑)」
いや確かにイカ好きなんだけど、そんな細かいとこ覚えてなくていいから(笑)
「この前…」
美奈ちゃんがちょっと口ごもる。
「ん?なに??」
意を決したように顔を上げた美奈ちゃんが続ける。
「いや、大したことじゃないんですけどね、この前…8月ですね。企画課と販促課で納涼会したんですよ」
「ふーん?」
「あそこのビアホール、行ったことあります?」
あー、久保田さんが珍しく愚痴っぽくなっちゃった時の、あそこか。
「うん、会社の人たちと一回だけ行った」
「イカのぽっぽ焼があったでしょ」
「あーあったあった!甘辛いタレで美味しかった〜」
「あれね……」
何。また口ごもるじゃん。
「どうした?」
「あれね、宮崎さんが2皿持ってきて、当たり前のように笠間さんの前に一皿置いたんですよ。『これ好きでしょ?』って。でも、笠間さん軟体類アレルギーだった、っていう……」
え、何それ。わたしと間違えてんのかあいつ。
まったくデリカシーってものが………
イカ好きなのはわたしです!
って、威張るのもおかしいけれど。
「……はは、なに勘違いしてんだろうね?」
どんなリアクションをとったらいいか分からず、慌ててそう言うと、
メニューを眺めていた美奈ちゃんは、様子を伺うようにチラッとわたしを見た。
「よしっ、イカマリネ、行きますっ!」
そんな、一昔前の機動戦士みたいに……。
……ちょっとニヤニヤしてるし。
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