晩秋

4/4
前へ
/122ページ
次へ
『ごめんなさいっ』と心の中で言いながら ひとくちしか飲んでいないカフェオレを、飲み残しコーナーに流し、カップを捨てた。 伊佐さんからLINEが入った。 「何か用事が入ったんでしょ?また、いつでも時間はつくるから。お疲れ様」 わたしから誘っておいてすみません、と、またも心の中で謝り 「すみません、ありがとうございます。後でお話しします」と返信した。 (はや)る気持ちを抑えつつ、お手洗いのドアを開ける。 鏡の前に立ち、かろうじて持っているパウダーで顔をおさえ、口紅を塗り直した。 いかにも“塗り直しました!”という顔に自分で引いて、ティッシュを軽く(くわ)える。 どう?丁度いい?? って、修はわたしのメイク落ちかけの顔も、すっぴんも、何度も何度も見ているっていうのに、何を今更…。 髪を撫でつけ、何もついてないように見える肩口や襟元もパッパッと払った。 何もついてないだろうけど、そうせずにいられなかった。 「金曜日だから飲も!」と指定された居酒屋に、早足で急ぐ。 走って行くのはあまりに大人気ない。し、またメイクが崩れちゃう。 いやいやだから、修はわたしのメイク落ちかけなんかよく知ってるってば。 それでも、そうだとしても。 少しでも“マシ”なわたしで逢いたかった。 5センチのヒールが、わたしの無事な到着を(はば)む。だから、最大限に気をつけながら、の最高速の早足。 居酒屋の店前に、見覚えのある、懐かしい、何も変わらない、逢いたくて逢いたくてたまらなかった姿があった。 スマホをいじりながら、時に顔を上げて周りを確認している。素のときの、ちょっと拗ねたような口元も愛おしい。 こちらに気づき、「よぅ!」と手を挙げる修に 早くも少し涙が出そうになり、慌てて引っ込める。 「ごめん、待った?」 にっこりと微笑んだつもりのわたしは ちゃんと笑えていただろうか。
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!

112人が本棚に入れています
本棚に追加