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『ごめんなさいっ』と心の中で言いながら
ひとくちしか飲んでいないカフェオレを、飲み残しコーナーに流し、カップを捨てた。
伊佐さんからLINEが入った。
「何か用事が入ったんでしょ?また、いつでも時間はつくるから。お疲れ様」
わたしから誘っておいてすみません、と、またも心の中で謝り
「すみません、ありがとうございます。後でお話しします」と返信した。
逸る気持ちを抑えつつ、お手洗いのドアを開ける。
鏡の前に立ち、かろうじて持っているパウダーで顔をおさえ、口紅を塗り直した。
いかにも“塗り直しました!”という顔に自分で引いて、ティッシュを軽く咥える。
どう?丁度いい??
って、修はわたしのメイク落ちかけの顔も、すっぴんも、何度も何度も見ているっていうのに、何を今更…。
髪を撫でつけ、何もついてないように見える肩口や襟元もパッパッと払った。
何もついてないだろうけど、そうせずにいられなかった。
「金曜日だから飲も!」と指定された居酒屋に、早足で急ぐ。
走って行くのはあまりに大人気ない。し、またメイクが崩れちゃう。
いやいやだから、修はわたしのメイク落ちかけなんかよく知ってるってば。
それでも、そうだとしても。
少しでも“マシ”なわたしで逢いたかった。
5センチのヒールが、わたしの無事な到着を阻む。だから、最大限に気をつけながら、の最高速の早足。
居酒屋の店前に、見覚えのある、懐かしい、何も変わらない、逢いたくて逢いたくてたまらなかった姿があった。
スマホをいじりながら、時に顔を上げて周りを確認している。素のときの、ちょっと拗ねたような口元も愛おしい。
こちらに気づき、「よぅ!」と手を挙げる修に
早くも少し涙が出そうになり、慌てて引っ込める。
「ごめん、待った?」
にっこりと微笑んだつもりのわたしは
ちゃんと笑えていただろうか。
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