保留のその先

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「俺はね」 伊佐さんはここで言葉を切り、コーヒーを口に運んだ。わたしも、カフェオレを一口。 ごくんと、喉から胸に広がる温かさで、心も身体も強張(こわば)っていたことに気づいた。 「はい」 「俺はね、女性を幸せにしてあげることが出来ないんだ。本当の意味では。 だけど、結菜ちゃんの力になりたいって思ったんだ。 楽しそうにしていても、どこかで自分の(から)の内側に入っていってしまってる結菜ちゃんに気づいてた。 結菜ちゃんはその元カレのことを、忘れなければ、忘れなければ、と思ってきたんでしょう?この1年」 「……はい」 「つらかったね。いいんだよ、忘れなくたって。無理に忘れる必要はない。いつか忘れられる日が来るかもしれない。来ないかもしれない。それでいいじゃない。俺が(そば)にいて、見守ってあげたい」 どこかでとっくに気づいていたのかもしれない。 伊佐さんと一緒にいる時間の、心地よさを。 「こんなわたしなのに、一緒にいてくれるんですか?」 「もちろんだよ」 にっこり微笑む伊佐さんに、甘えてしまっていいのだろうか。わたしに、その資格があるのだろうか。 「こっちが、お願いしてるんだよ。いつもいつもじゃなくていいけど、結菜ちゃんの心からの笑顔が見たいんだ。たまにそれを見せてくれるだけで、俺は嬉しいんだよ」 ここまで想ってくれる人には、もう二度と巡り会えないかもしれない。 そして、修は戻っては来ない。 それよりもなによりも、今わたしがここで断ることで、伊佐さんを手放したくはない、と強く思った。 「………よろしくお願いします」 本当に(ずる)いけど、“修を忘れさせてください”と胸の中で付け足して、深々と頭を下げた。 恋心、ではないのかもしれない。まだ。 それでも、伊佐さんと過ごすこれからの時間を、欲しいと思った。 伊佐さんはようやくいつもの明るさで笑い、 「俺には、なんでも言って!」 と、胸を叩いた。 伊佐さん、ごめんなさい…。 そして、ありがとう。
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