112人が本棚に入れています
本棚に追加
通り慣れた道を走る。途中までは地元に帰る時と同じなのだ。
「伊佐さん、あれ見てくださいよ」
「どれ?」
「歯医者さん」と言いながら、以前から気になっていた看板を指し示す。
「“久瀬歯科”…“Kuse Dental”………え、あれ“くせ”って読むんだ。くせ…歯科(笑)歯医者なのに、くせ歯科。くせーのかよ(笑)」
思ったより笑ってくれた。
「ね。もっと名前考えればいいのに、って前から」
「はははははは!」
めっちゃ笑うじゃん。
実はもっとすごいのがこの先に……
「伊佐さん、あれも見て」
古びた看板を指差す。
「“板井小児科”…えーーー、いたい小児科!ダメだ、それはダメだって!(笑)」
爆笑ありがとう。
伊佐さんのそういうノリのいいところ、好きだなぁと思う。
「結菜ちゃん……」
「なんですか?トイレ?コンビニ寄ります?」
「コンビニも寄って欲しいんだけど…ってそうじゃなくて、ギアチェンジ…」
え、なんだろう。何か変かな?と焦る。
初めての人を乗せる時は、自分の運転がどう思われるか気になるものなのだ。
「な、なんですか??」
「ギアチェンジする手が、色っぽい」
誉め殺しキターーーーーー!
「や、やめてくださいよ、意識しちゃうじゃん!あぶない!」
「ははははは!」
笑いごとじゃないってばもう。
タイミングよく現れたコンビニの看板に、左折ウィンカーを出した。
車を停めて「もう!」と抗議すると、伊佐さんは少し申し訳なさそうな顔をつくって
「ごめんね、ジューチュ買ってあげるから、ご機嫌直して」
と、幼い子供を宥めるように言う。
「ジュースは飲みません!お茶、お茶買おう」
と、後部座席からバッグを取って降りた。
伊佐さんはまだ笑っている。
ずっと笑いっぱなしじゃん。
…楽しいな。と思う。
同じ車に乗っていても心地いい。こんな風に笑いながら愛車を走らせることも久しぶりだった。
最初のコメントを投稿しよう!