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朝からてんてこ舞いだった。正確に言えば、昨夜の帰宅後から。
伊佐さんが来る約束の11時半までに、お昼と夜の食事の下拵えを済まさなければならない。
その上、身綺麗にしておかなければならない。
初めての訪問だから、掃除の最終チェックも入念にしたい。
自分で提案したことなのに、忙しさに目がまわる。
やりたいことがポンポンと頭に浮かぶのに、ふと手が空くと『……なんだっけ?』とぼんやりすることの繰り返し。
「夕食だけにすれば良かったかなぁ…」
ブツブツ言っていても仕方がない。
スーパー開店と同時に小走りで入店し、買い出ししてきたもの達を人様にお出しできるまでに加工しなければ。
三口コンロとオーブンと電子レンジと炊飯器がフル稼働していた。
わー、もうこんな時間!
ひと通り目処がつき、壁掛け時計を見上げたタイミングで無情にもインターフォンが鳴った。
万事休す。身支度間に合わなかった…。
お待たせするわけにもいかず、インターフォンのボタンを押す。
「……ハイ」
思いがけず低い声が出てしまった。
カメラの向こうの伊佐さんは、戸惑った顔をして「あれ〜?早かったかな」と頭を掻いた。
「いえ……時間ピッタリです…開けますね…」
観念して玄関を開けた。
「……いらっしゃいませ」
俯きながら言うと、伊佐さんが
「カ……カワイイ(笑)」
と爆笑している。
そんなわけないでしょう。
今日のわたしは、慌ててスーパーに駆け込んだ時のままだ。髪の毛は邪魔にならないようにクルッと丸めて上に上げ、だぼっとしたパーカーとスキニージーンズにくたびれたエプロン。顔もすっぴん。
恥ずかしいことこの上ない。
「いいです、それは無理があります、わかってます」
前にもこんな事あったな、と思い、わたしも笑った。
伊佐さんには、もう取り繕わなくてもいい、と思えた。
「お邪魔しま〜す」
部屋に上がった伊佐さんが、ハンガーに下がっているワンピースと新しいエプロンを不思議そうに眺めている。
本当はこっちを着ようと思っていたのに。
メイクも軽くしておくつもりだったのに。
慌てて2つのハンガーを奪うように取り、背中に隠しながら横這いに歩き、ウォークインクローゼットにバタバタと仕舞った。
「ぶくくくく……なんとなくわかった」
また笑っている伊佐さんに、
「間に合わなかったの…」とショボンと言うと、
「あははははは!」ともっと笑った。
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