深夜残業をした帰り道にて

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深夜残業をした帰り道にて

 天窓から月が見えるたび、四歳の私は叫んで逃げまわった  おろかな私を、兄たちは笑った  ぽっかり浮かび今にも落ちてきそうでこわかった  不気味な笑い顔のような模様がこわかった  走っても走っても追いかけてくるからこわかった  中学校の上履きを男子便器に投げ込まれた  俺の机に触るなと怒鳴られた  すれ違うたびに、吐く真似をされた  希望の学科に進めなかった  講義をサボって、ドラゴン退治にはげんだ  何年も留年して、最低単位で卒業した  三コール以内に電話を取れと、叱られた  学歴は仕事にまったく関係ないと、勝ち誇られた  電車が会社の最寄り駅を通過し、山手線を一周した  病院に行っても子供ができなかった  仕事中なのに、SNSばかりしていた  締め切り一時間前に、やっつけ作業で納品した  畑道で月が見えるたび、老いた私は顔をほころばせる  おろかな私を笑う者は、もういない  月は落ちないから  月は遠くにあるから  月は地球を守ってくれるから  すべての人が私を蔑もうが  すべての人が私を忌み嫌おうが  すべての人が私を捨て去ろうが  私はひとりではないから  月だけは私を見てくれるから  月だけは私のそばにいるから
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