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プロローグ
海が墨のように深い黒色をして、ゴゴゴ、ゴゴゴと唸るように鳴くとは知らなかった。それまでは青く澄み渡ってキラキラしているものだとばかり思っていたので、底から湧き出る地響きのようなものを海が創り出すことに驚かされた。
足元を見ると濃い藍色のうねりが体を蝕み食べ尽くそうとしている。生温いシルクのような肌触りを全身に感じながら、母の胎内にいたころの記憶が甦った。生まれる……いや、訪れようとしているのは死、だ。
*
「ナオユキくんが亡くなったって聞いた?」
仕事から帰ってきた母が、左耳のピアスを外しながら何気なく言うので、その〈ナオユキ〉というのが遠い親戚か何かだろうと、とりあえず思い出そうと試みるが全く心当たりがなかった。
思い出せないでいる私の顔を、母は眉をひそめながら一瞥する。
「小学生のときよく遊んでたっていうあのナオユキくんよ。ほら、昔おばあちゃんちに一ヶ月くらいお世話になったときの。さっきおばあちゃんから連絡があったわよ」
そう言われてようやく〈ナオユキ〉があのナオちゃんだと、小学五年生の私と現在の私がぴったり重なったみたいに結びついて呆然とする。
ナオちゃんは私と同い年で、確か専門学校に進学していたはずだった。
「何で?」
「バイク事故だって。女の子と一緒に乗ってて二人ともダメだったみたい」
〈女の子と一緒に〉、と聞いて一瞬胸の辺りがざわっと揺れたような気がしたが、何でもない振りをした。
「危ない運転してたとかかな……」
「いや、全然。普通に乗ってただけ。制限速度も守ってたらしいし。夜だったから飲酒運転か何かのトラックが横から突っ込んできて即死だったらしいわよ」
その現場を想像して思わず目を閉じ、見えない手で耳を塞いだ。
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