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我々は惑星調査隊。来る日も来る日も、未知の惑星へ赴き、その調査を続けている。
惑星調査といっても、その内容はきわめて簡単だ。惑星を調査するにあたっては、まず生物が存在し得る環境であるかを確かめる必要があるが、その事前調査は、人工衛星によって賄えてしまう。
「水が存在するか」「地表面の状態はどうか(固体かガスか、はたまた液体なのか)」「地表の温度はどのくらいか」といった惑星の外見に関する情報は、衛星からの画像やデータで容易に確認できるのだ。
惑星の地表面が固体で、地表の温度が零度以上五十度以下、なおかつ水の存在が認められた場合に限り、我々「惑星調査隊」の出番となる。
惑星に降り立った我々は、まずその惑星に酸素があるかどうかを確かめる。宇宙服の酸素ボンベを外し、頭部のヘルメットを脱ぎ、実際に大気で呼吸できるかどうかを確認するのだ。
なんとも原始的な方法だが、これは惑星調査委員会の最高顧問であるK教授が提唱した方法である。彼が言うには、この方法が最も経済的、かつ確実であるらしい。計測機器などを要しないため、経済的なのは確かに理解できる。しかし確実性には疑問が残る。惑星に酸素がなく、隊員が呼吸困難や窒息死に陥ることがあったら、教授たちはどう責任をとるつもりなのだろうか。幸いにして、そのような事態が起こったことは一度もないが。
そんなこんなで酸素の存在を確かめた後は、地表の一部を採取する。使用するのは、家庭菜園や子どもの砂遊びで使う、あの安物のシャベルである。そのシャベルで地表をひと掬いすれば、地表のサンプル採取は完了である。なんとも味気ないが、サンプルの調査は別機関(母星にある科学研究所)に任せればよい。
その後は数日間、実際にその惑星で生活してみる。天気や大気の変動を観察したり、重力(惑星の中心からの万有引力)の大きさを体験したりする。そして生活してみての感想や問題点を、レポートという形でまとめ、惑星調査委員会に提出する。
ひとつの惑星調査で我々が行うべきことは、以上の三点のみである。これで国家公務員という身分なのだ。好待遇に高収入、しかも気軽に宇宙旅行へ行けるということで、惑星調査隊は人気の高い職業となっている。もっともその前に、国家公務員としての難関試験を突破する必要があるのだが。
さて、今回の惑星だが、実は調査開始からすでに一週間が経過している。
これまで調査に訪れた惑星では、調査期間は長くても三日。住み心地が悪い、または生物の生存が無理だと判断された場合には、一日で調査を切り上げることも珍しくない。この惑星も、本来なら三日で調査を終える予定だった。それが、我が国の首相からの一声により急遽、調査期間の延長が決まったのだ。調査期間は最長で一ヶ月。
「その惑星には、間違いなく生物の痕跡がある。それも我々人間に近い生物のな。その生物がいるかどうか、確かめてきてくれ」首相はやけに鼻息を荒くしていた。
人間とそっくりの生物がいるだと?確かに、そのことを予想させる事項はいくつもあった。以下は、この惑星に関するレポートの内容である。
●一日の平均気温…場所によって異なるものの、おおむね四十~五十度の間。他の惑星が数千度、あるいは零度未満(氷点下)であることを考えると、人間にとってはるかに生活しやすい温度である。
●重力…強すぎず弱すぎず。しっかりと機能している。地球上と同様の活動が可能。
●水の存在…問題なし。むしろ「水の惑星」と言ってよいかもしれない。この惑星では、地表の実に九割が海なのだから。
●酸素の量…呼吸をするには十分。光合成によって酸素を生成する植物の存在も大きい。酸素ボンベは必要としない。
●生物の存在…前出の通り、すでに植物の存在が確認済み。自生するのは広葉樹が中心で、シダ植物の類も見られる。針葉樹は見られない。動物が存在しても不思議はないが、いまだ姿を確認できていない。追って調査を続ける。
早い話が、我々の住んでいる惑星、すなわち「地球」と環境が酷似しているのだ。地球と同じ環境であれば、人間あるいはそれに準ずる生物がいても不思議はない。だがここまでの一週間では、そうした生物はおろか、文明の跡さえ確認できていない。人間あるいはそれに準ずる生物がいるのなら、文明も存在するというものだが。
我々は宇宙船を使って、惑星の様々な場所に赴いた。大陸の沿岸部、山脈のふもと、砂漠の真ん中、熱帯雨林、海の中央に浮かぶ島々…。だが、どの場所においても、動物の姿や文明の跡を見つけることはできなかった。
時間と体力、そして国家予算の浪費のみが進んでいく。一ヶ月あった調査期間も、気づけば残り一週間となっていた。このまま地球へ帰還すれば、我々は「税金泥棒」として、首相もろとも国民の批判の的となるだろう。調査隊はすでに、疲労困憊となっていた。
そんなある日のことだった。徹夜で調査を続けていたA隊員から、無線で連絡が入ったのは。
「隊長、来てください!大きなたまごを発見しました!」
たまごとは意外であった。我々人間は哺乳類であり、たまごを産むはずはないのだから。大きなたまごが発見されたということは、鳥類か爬虫類か?とにかく、私はAのいる現場へ向かうことにした。
現場は島の沿岸部。我々が駆けつけると、そこには白い紡錘形の物体が、リアス式海岸の入り江に打ち上げられていた。紛れもなくたまごだ。
我々は早速、海岸を降りてたまごのそばへ近づいた。たまごの高さは三メートル、横幅も三メートル、縦幅に至っては十メートルに達している。実に巨大なたまごである。当然その重量もかなりのもので、隊員全員が束になって動かそうとしても、たまごは一ミリも動かなかった。
「くそ、重機はないのか?ショベルカーとか」
「あるわけないでしょう。宇宙船で運搬できませんよ」
隊員の言うことはもっともなのだが、しかし調査期間を延ばしたのなら、国はもっと調査道具の援助をして然るべきなのだ。調査期間の延長を決めた割には、国は資金以外の援助をしようとしていない。ショベルカーなどの重機はおろか、それよりはるかに軽量なはずのエックス線検査機器でさえ届ける気が見られない。金(給料)だけ払って、あとは放置である。
だいたい酸素の調査にしても、わざわざ酸素ボンベやヘルメットを外さなくても、酸素濃度を算出できる機器があるではないか。なぜわざわざ窒息死するリスクを冒そうとさせる?地表のサンプル採取にしても、使えるのはこのシャベルだけ…シャベルはある。
「無いよりはましだ。やってみよう」
我々は全員シャベルを持ち、たまごの表面を突き始めた。コンッ、コンッ、コンッ。ドアのノックではない。啄木鳥のように一ヶ所を突き続け、たまごの殻を割ることを試みているのだ。
我々はおよそ一時間、たまごの殻と格闘し続けた。だが、殻はプラスチックよりはるかに硬く、シャベルの先端ではびくともしない。加えて、五十度に達しようという気温の高さが、我々の体力を奪う。結局、シャベルの啄木鳥作戦では、たまごにひび一つつけることもできなかった。
「くっそ~、これじゃたまごの正体を知ることもできない」
「成果が得られなければ、我々は祖国で賊軍扱いされてしまう」
「どうしたらいいの…」
一向に事態が動かないことに、我々は途方に暮れていた。その時だ。
ガンッ、ガンッ、ガンッ!
たまごの方で、激しい音が響いている。見ると、隊員の一人であるBが、たまごに頭突きと蹴りを食らわせていた。
「おい、なんとか言えよ。この野郎!」Bは八つ当たり気味のようだ。
「お前(たまご)がよぉ、何も反応しねぇから、俺たち、調査隊をクビになるかもしれねぇんだぞ!」
惑星調査隊が解散するなどという話にはまだなっていないのだが。とにかく、Bには焦りの色が窺えた。いくら彼が元格闘技選手であるとはいえ、このたまごの硬さでは、Bに骨折や頭部損傷のリスクが出てくる。それに案の定、たまごはびくともしていない。私は、Bに頭突きと蹴りを止めるよう指示した。
「B、止めておけ。これ以上焦ったところで進展はない」
「じゃあどうしろって言うんですか!?俺は引き下がりませんよ、嫌ですからね!」Bは私の指示を聞かず、再びたまごと格闘を始めた。
やれやれ。怪我でもしたらどうするつもりだ。隊長である私の管理責任が問われるんだぞ。国は物資を援助しない、隊員は言うことを聞かない、私は隊長を引責辞任するかもしれない…考えれば考えるほど、嫌になってくる。
そんな私の思いを後目に、Bは性懲りもなくたまごと闘いを続けていた。およそ十分後、怒りが頂点に達したBの正拳突きが、たまごの正面にヒットした。その時だ。
ぴしっ…
Bの拳のあたりから音がした。見ると、たまごの表面にひびが現れている。Bはもう一方の腕で、再び正拳突きを繰り出した。
ぴしっぴしっ…
たまごのひびはさらに広がる。残りの隊員も再びシャベルを持ち、Bに加勢した。我々は、ひび目がけて集中攻撃を行った。そしてさらに十分後、
パリーン!
ついにたまごの表面に穴が開いた。たまご内部への入口が現れたのだ。
喜び勇んだ我々は、はやる気持ちを抑えられず、たまごの内部へ突入した。
「ようこそ、わが家へ」
たまごの中では、二足歩行の動物が我々を出迎えた。二足歩行の動物と言っても、人間や猿人の類ではない。緑色のトカゲ(コモドドラゴンと言うのが適切だろうか)が進化し、二足歩行となった。そんなイメージだ。
「それにしても、ずいぶんと乱暴な訪問の仕方ですねぇ。外の音は聞こえるのだから、ノックすればこちらから穴を開けたのに」
二足歩行のトカゲは、少なからず不機嫌の様子であった。
「まあ、いいでしょう。久しぶりのお客様なのですから。もてなさなければいけませんね」
トカゲは流暢な日本語を話す。その話しぶりは、日本人である我々も舌を巻くレベルだ。
「私はずっと、あなたたちを待っていました。そう、かれこれ千年ほど」
まるで陳腐なRPG(ロールプレイングゲーム)に登場しそうなセリフである。その手のゲームをやり慣れている我々には、あまり新鮮さを感じなかった。しかしこの場面で発せられるとなんだか不気味だ。
「千年も待っていた?どういうことですか」
ゲームの世界に慣れていない、女性のC隊員が尋ねた。
「よろしい。お教えしましょう」
やつはC隊員の問いかけに応じた。人間並みの受け答えも可能であるらしい。そうだとすれば、この生物は人間並みの知能と運動能力をもつ「トカゲ人間」ということになるか。
「でもその前に、コーヒーを一杯、いただきませんか?なにしろ千年ぶりのお客様ですので」
細かいことを言うと、「いただく」は「食べる・飲む」の謙譲語であり、お客に対して使うものではない。正しくは「召し上がりませんか」であろう。まあ、そうした言葉の使い分けは、我々人間でも難しいのだが。
とにかく、朝から何時間も灼熱の中で作業していたのだ。我々は喉が渇いて仕方なかった。
「そうだな、いただくことにしよう。アイスコーヒーでお願いできるかな」
私は、やつのご厚意に甘えることにした。
「アイスコーヒーですか。まあ、よろしいでしょう」
やつはどこか高飛車な言い方をしているが、そんなことはどうでもいい。我々はとにかく熱さにあえいでいた。たまごの内部ではクーラーがあるのか、涼しい風が吹きつけていたが、そんなことで我々の熱さ問題は解決しない。早く冷たい飲み物が欲しかった。
「立ち話も疲れるでしょう。テーブルでくつろいでいいですよ」
やつの言葉に甘え、我々は中央のテーブル席へ移動した。たまごの内部は、人間の居住空間とさほど変わっていない。テレビにベッド、キッチンもある。これだけの文明を、爬虫類(トカゲ含む)の頭脳で生み出せるとは、到底思えないのだが。そんなことを考えているうち、人数分のアイスコーヒーが運ばれてきた。
「お待たせしました。わが星特製のアイスコーヒーをどうぞ」
早速アイスコーヒーを一口飲む。う、美味い。病みつきになりそうなコクがある。あっという間にコーヒーを飲み干し、おかわりを頼む。そして気がつけばパーティーの様相となり、我々は談笑しながら、何杯も飲み物を楽しんでいた。
まさかそれが、やつの狙いであったとも知らずに。
「お目覚めですか?」やつの一声で、私は目を覚ました。
「心配したのですよ。あれからまる一週間、眠り続けていたのですから」
一週間だと!こ、こんなところで寝ている場合じゃない。早く地球に帰らないと!だが焦る気持ちとは裏腹に、私の体はぴくりとも動かない。
「体は動きませんよ。なにしろあなたは、二足歩行でなくなりましたからね」
に、二足歩行でない!?冗談は顔だけにしろ…だが口も動かせず、言葉が出ない。
「だが、あれだけの毒で生きているのは相当なものです。あなたには素質があるかもしれませんねぇ」
「毒だと!」ようやく私の口が開いた。「ふ、ふざけるな」
「ふざけてはいませんよ。アイスコーヒーを飲んだでしょう。あの中に毒を混ぜていたのです」
「どうしてそんなことを」
「人間とやらの生命力の強さを見るためです。まあ、たいして生命力は強くなかったようですが」
「どういうことだ」
「毒で生き長らえたのはあなただけです。他の人はみんな死んでしまいましたよ」
「嘘をつくな!」
「嘘ではありません。その証拠に、あなたの隊員の名前を呼んでごらんなさい」
私はありったけの声で隊員の名を叫んだ。新婚で真面目な勤務態度だったA、短気で人の話を聞かないがプロの格闘技選手であるB、そして唯一の女性隊員で料理が得意だったC。私は何度も何度も彼らを呼んだ。だが彼らからの応答はない。やはり、みんな殺されてしまったのか。
「いずれあなたは、人間としての記憶がなくなります。冥土の土産に教えましょう」
トカゲ野郎は、さらに言葉を続けた。
「この惑星は、かつての地球だったのですよ」
「な、何だと。地球は、わ、われ、我々の星だ…」
「いいえ、それは違います。この星こそが地球なのです。あなたがたの住んでいる星は、千年前にあなたがたの祖先が造った、地球そっくりの人工惑星に過ぎません」
この惑星が、本当の地球だと…?だが、この星では人間の姿を、誰一人確認できなかったではないか。
「千年前までは、この星に人間が生息していました。ですが、地球の温暖化が進行した結果、気温は二十度も上昇し、地表の氷はすべて溶けました。南極大陸も消滅しています。海水面は百メートル上昇し、オセアニアの島々は海に沈みました。大気の流れも変わり、異常気象が頻発し、多くの生物が絶滅しています。人間も例外でなく、絶滅は時間の問題だった」
トカゲ野郎の言っていることが理解できない。もしかすると、人間としての思考力を失ってきているのか。
「だが、人間たちは新しい惑星を造り、そこへ移住することを決めた。その際に人間たちは『すべての生物を移住の対象とする』と言いました。けれど、実際はそうではなかった」
私の理解が追いつかない。
「実際には、最低限の数の生物のみが新たな惑星へ移され、余ったものはこの惑星に取り残されたのです。そう、私の祖先も…」
トカゲ野郎の演説はまだ続く。私は再び言葉を発せなくなってきた。
「残されたものには地獄が待っていました。歯止めのかからない気温上昇に異常気象。なす術なく、この惑星の生物のほとんどが絶滅した。生き延びられたのはペットなど、人間の住環境に慣れていたものだけだった」
やつの目には涙が浮かんでいる。
「私の祖先もまた、もとは人間に飼われていたコモドドラゴンだった。住み慣れていた人間の住宅があったから、生き長らえることができた」
ならば人間の与えた環境に感謝するべきじゃないのか。
「だが、人間たちはこの地球から逃げ出した。自分たちで滅茶苦茶にしておいてね。しかも多くの生物を見殺しにした。そんな連中に、感謝などするはずがなかろう」
私の意識が薄らいできた。再び毒が効いてきているのか…
「見たところ、お前も人間社会に反感を覚えているようだね。どうだ?私と一緒に、人間どもの住む星へ攻め込まないか?同じトカゲ族としてな」
トカゲ族だと…そう言えば、私の皮膚が緑色を帯びてきているのが見える。おまけに体温を保てなくなってきた。変温動物化してきている。
「私の提案に同意すれば、命は助けてやろう。そうでなければ死んでもらう」
二者択一だ。トカゲとなって生き延びるのか、人間のまま死ぬのか。
「三、二、一…。さあ、答えを聞かせてもらおう」
私は結論を定め、最後の答えを発した。
それから三十年後。
私はもとの惑星へ帰還し、祖国の首相となっていた。この日は、国民に向けてのスピーチがある。私は襟を正し、全国民の前に臨んだ。
「いいか諸君。先住民の人間は大変な過ちを犯した。自分たちの生活向上ばかり考えて、他の生物のことには見向きもしなかった。そのことがあったから、人間たちはこの惑星を追われることになったのだ。
最初に攻め入ったのはトカゲ族だが、人間たちを追い出すことができたのは、トカゲ以外の様々な生物の協力があってこそだ。諸君には感謝の意を表する。ありがとう。
そして、今は亡きトカゲ族の長老にも感謝の意を表したい。あの方がいたからこそ、私は人間を辞め、首相にまでなることができたのだ。あの時、トカゲとして私を生き延びさせてくれた長官の選択は、今も正しいと思っている。
最後に一言。多生物国家、そして地球環境保全の実現を目標に、みんなで一体となって頑張ろう!」
私はトカゲ族の長として、新たなる国家のたまごの育成に臨む。人間では実現できなかったことを、トカゲ族として実現していきたい所存である。
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