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しかし空也は冷めた視線のまま
「なにも聞いていないんだ。分かる訳ないだろう?」
と、これまた正論で返して来やがった。
一瞬、グッと息を飲んだが
「俺は……付き合った彼女とは誠実に向き合って来た。二十歳を超えてから付き合った彼女とは、結婚を考えて付き合って来た。でも……みんな俺を裏切って去って行く」
そう呟くと、賑やかな空気が一変して凍り付く。
分かっている。
これは、ただの八つ当たりだ。
すると空也は
「全部、独り善がりだったんじゃねぇの?」
と、傷口に塩を塗り込んで来た。
俺がぐうの音も出せずに居ると
「図星? まぁ、あんたを捨てたバカ女共には感謝だけどな」
そう言うと、俺の腕を掴み
「青夜、俺を選べ」
と言い出した。
「俺はあんたを捨てたりしない。あんたが死ぬまで、俺が幸せにしてやる」
まるでプロポーズのような言葉に、思わず赤面してしまう。
すると俺と空也の間に姫華ちゃんが顔を出して
「私も青ちゃんを幸せにしてあげる!」
と叫んだ。
「もちろん、アタシもよ!」
姫華ちゃんと並んで、マキちゃんまで叫んでいる。
「ふふふ……。俺、局地的モテ期みたい」
そう言って笑うと
「あら!青ちゃんは本家に行ったら、モッテモテよ。あの、本家のサイボーグみたいな女共に頭からバリバリ食べられちゃうんだから!」
と言い出した。
「それは……言えてる」
マキちゃんの言葉に頷く姫華ちゃんに
「頭からバリバリって……」
そう言いながら苦笑いすると
「冗談じゃないのよ! 自分の身内を悪く言うのもなんだけど、本当にサイボーグみたいなんだから!」
と、マキちゃんがわざとらしく両手で自分を抱き締めるように腕を組むと、身体をガタガタとオーバーに震わせている。
「本家の女共にかかったら、悪霊だって子猫同然なんだから!」
そう言うと『怖い怖い』と呟いた。
(そんな怖い女性って……一体?)
俺は女装しているマキちゃんが複数いるのを想像して
(ムキムキな女性がうじゃうじゃ?)
と自分で思いながら、マキちゃんとは違う寒気に身体を震わせた。
するとマキちゃんは俺の反応を見て
「分かった? 青ちゃん! 実物はもっと怖いわよ! 特に一族最強の女、桜子っていうのが居るんだけどね。もう、本当に怖いの! 桜子に比べたら、アタシなんて仔猫ちゃんよ」
そう言うと、俺の肩に手を置いて
「特に青ちゃん。あんた、桜子の好みのタイプだから気を付けなさい」
と言い出した。
「だから、さっさと俺のモノになれば良い」
真顔で空也に言われ
(マキちゃんよりムキムキな女性と、変態イケメンの空也……。究極の選択過ぎる!)
そう考えていると
「あ!そうそう。桜子って言えば、次の店休日に来るらしいわよ」
と、マキちゃんが言い出した。
その瞬間、ガタンっと勢い良く空也が椅子から立ち上がると
「聞いてねぇ!」
と叫ぶ。
「言ったわよ、アタシ。ねぇ、姫華ちゃん」
そう言うと
「お兄は人の話を聞かないからって、カレンダーにも書いてくれているよ」
姫華ちゃんは頷いて、リビングに「岩井酒店」と書かれた数字だけの大きなカレンダーを指差した。俺もつられてカレンダーを見ると、次の店休日に桜のシールが貼ってあった。
空也はカレンダーを見ると、舌打ちをして
「変更させろ」
と呟いたが、マキちゃんがテーブルを叩いて
「無理! あんた、桜子がどんだけ怖いか知ってるでしょう! アタシを殺す気?」
珍しく反論している。
すると空也はイライラした顔をして
「今はまだ無理だ!」
そう叫ぶと、俺の腕を掴み
「ちょっと来い」
そう言って、強引に歩き出した。
「え? 何? 空也、どうした?」
驚いて空也の顔を見上げると
「今すぐ、既成事実を作る!」
と言い出したのだ。
「はぁ? お前、ふざけんな!」
「桜子に奪われる前に、お前を俺のモノにする」
「お前のモノって……。俺はモノじゃねぇ!」
「とにかく、さっさとぶち込んで俺のモノにする」
「そこに俺の意思は?」
「無い!」
気持ち良い程にキッパリと言い切った空也に、俺は笑顔を浮かべ
「そうか~、俺の意思は関係無いのか~」
と呟いた後、笑顔を消して空也の臀に思い切り蹴りを入れた。
「いってぇな!」
「当たり前だ! 思い切り蹴ったんだから」
俺が怒って叫ぶと
「何、キレてるんだよ」
意味が分からないと言う感じで言われ
「俺はモノじゃない! 感情があるんだ! お前の都合で、俺の気持ちを無視して行動するな!」
そう叫ぶと、俺は空也の腕を振り払って店舗へと歩き出した。
「しばらくお前の顔を見たくない! 部屋にも来るな!」
俺は吐き捨てるように言って、その場を後にした。
空也は俯いていて、どんな顔をしてたのかは分からない。
そしてこの日以来、空也は俺の部屋に来なくなった。
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