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「お父様!」
叫んだ桜子さんに
「桜子は黙っていなさい! 分かっているとは思うけど、ただの脅しでは無いよ」
静かだけれど、有無を言わせない威圧感で言われ、俺は一度目を閉じてから深呼吸して
「分かりました。婚約、受けさせて頂きます」
そう答えて頭を下げた。
空也達と暮らし始めてまだそんなに月日は経過していないけれど、彼等にとってあの場所が大切な事だけは分かっていた。
すると桜子さんが真っ青な顔をして
「青夜さん! お父様……こんな婚約、私は嫌です」
そう反論すると、五道哲真は表情も変えずに
「桜子。きっかけはどうであれ、結婚してしまえば愛情は育くまれるから大丈夫だよ」
と言うと、「婚約誓約書」を差し出して来た。
「分かりました。その代わり、俺からも条件があります。あの場所を、彼等から決して奪わないで下さい」
真っ直ぐに見つめ合って言うと、五道哲真は頷いてから
「約束しよう。では、こちらにサインを書いてもらえるかな?」
上質な万年筆を添えられ、ゆっくりと差し出された誓約書にサインを書いた。
五道哲真が誓約書を確認し、胸ポケットに誓約書を入れたその時だった。
『ドン』っと鈍い音が鳴り響き、廊下がバタバタと騒がしくなった。
「囚われの姫、救出……と言う所かな?」
静かな声で五道哲真が呟いたと同時に、スパンっと音を立てて襖が開き
「青夜!」
と、空也が叫びながら現れたのだ。
「く……空也?」
驚く俺に、空也が五道哲真に殴り掛かりそうな勢いで近付いた。
しかし、五道哲真にあと一歩で近付けるという距離で、ガクンっと空也が地べたに這いつくばったのだ。
「全く……。無鉄砲とは、まさにきみの事だな」
と呟くと
「今のきみでは、私に近付く事さえ出来ないよ」
そう言って、ゆっくりと立ち上がった。
そして畳に這い蹲る空也を見下ろし
「空也、お前はまだその程度なのか? お前位の歳の雪夜はおろか、私の足元にも及ばないぞ」
と言い放つと、俺の方へと視線を向けて
「青也君。この事は、親族一同に近々正式発表するからね。私は、きみが義理の息子になってくれると信じているよ」
そう言い残して去って行った。
その姿は、後ろ姿なのに圧倒的な威圧感があった。
「クソっ!」
五道哲真が去った後、空也が悔しそうに畳を殴って叫んだ声が耳に入り、ハッと我に返った。
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