空也の気持ち

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空也の気持ち

「空也、大丈夫か?」 そっと肩に触れた俺に 「あいつに何を言われた? 正式に発表って、なんの事だ? あいつが義理の父親って、どういう事だよ?」 普段は寡黙な空也に矢継ぎ早に質問されて戸惑っていると、空也はハッとした顔をして桜子さんの顔を見た。 「お前……」 「うん、桜子さんと婚約したんだ」 至って冷静に答えた俺に、空也は愕然とした顔をして 「何で!!」 と叫んだ。 「きちんと桜子さんの気持ちにも、向き合って欲しいって言われてね」 「それで……婚約したのか?」 「うん」 短く答えた俺に、空也はゆっくりと立ち上がり 「青夜の気持ちは分かった」 そう呟くと、空也は俺に背を向けて 「もう、あの家に帰って来なくて良い。桜子、後でこいつの荷物を取りに来い」 とだけ言うと、空也が歩き出したのだ。 「空也!」 慌てて叫んで肩を掴もうとすると、『バシ』っとその手を払われた。 鈍い痛みと共に、俺の手が宙で弧を描くのを呆然と眺めていた。 「俺は……お前を信じていたのにっ」 憎しみと悲しみの混じった視線を向けられ、俺が空也の視線から逃れる為に俯くと 「裏切り者には用は無い。じゃあな」 そう言い残すと、空也が目の前から消えてしまった。 追いかけようと一歩踏み出す俺に 「青夜君」 静かだけれど、問答無用の五道哲真の声に動けなくなった。 握り拳を握り締め、追い掛けられない不甲斐ない自分が悔しかった。 今、追わなければ、空也は二度と笑いかけてくれないかもしれない。 でも、俺と空也(アイツ)との爛れた生活を思えば、これで良いのかもしれないと……そう思った。 それに、諦める事には慣れているから……。 踏みとどまった俺を見て、五道哲真は何を思ったのか、満足そうに微笑むと 「それで良い。きっときみは、この決断をして良かったと、後から必ず思う筈だ」 そう呟いた。 俺は空也が帰った方向を、ただ黙って見ている事しか出来なかった。
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