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ガラスドームのネックレス
僕は同じ夢を見る。
『春、ごめんね。ありがとう』
僕は必死に彼女の名前を呼ぶ。周りは真っ暗闇でその人の顔は見えなくて。透明な何かが輝いているのがうっすらと浮かぶ。そして、なぜかこの夢から醒めると、僕の頬は涙でたくさん濡れているのだ。
「まただ」
僕は袖で頬を拭う。この夢は、毎日見るわけではない。ちなみに僕の名前は“春”ではなく“春輝”である。間違えて呼ばれているのか? 違う誰かを呼んでいるのか? それか何の意味もないただの夢なのか? それは分からない。
頭にもやもやを抱えたまま、僕は枕元のスマホを握り日付を確認する。今日はこの前知り合った彼女とのデートの日だ。というかデートなんて言うのは何かおかしいが、この前、彼女の大切なネックレスを壊してしまった償いにご飯を奢るだけだ。今更ながら、こっちが悪いのに大胆に誘ってしまったな、と恥ずかしくなる。いつもはこんな事しないのに……あの日の僕はどうかしていたのかもしれない。
「さぁ、支度をするか」
ベッドから車椅子へと移動する。僕は生まれつきの病気で歩けない体であった。歩けない事で色々な事を諦めてきた人生であった。特に恋には臆病で、どこか踏み出せないまま、別れてしまう事が多かった。このままではだめなのは分かってはいるが、先の未来のことなどを色々と考えてしまうのだ。こんな僕がいつか重荷になってしまうのだと……。
「こんにちは! お待たせしました」
「いえ、全然待ってないです」
彼女にどこがいいのかとLINEで聞くと、オシャレなオープンカフェを指定してきたのである。冬場だから寒いのに、きっと入りやすい僕の事を考えてくれたに違いない。
「寒くない?」
「大丈夫。私、冬生まれだから寒さには平気で。あ、それより春輝くんこそ大丈夫?」
「僕も実は冬生まれで、寒さは平気なんだ」
冬空の下、ほとんどのお客さんは店内にいたけど、僕たちはオープン席でランチをいただいた。雪菜ちゃんおすすめのパンビーフシチュー。パンの器にビーフシチューが入っていて、周りのパンをちぎりながらシチューに浸して食べるらしい。
「うん、美味しい! こんなオシャレなランチ初めて食べたよ」
いつも一人だとラーメン屋だったりするから。
「でしょ? ここのランチはどれも美味しいんだよ。パスタやハンバーグ、ケーキも美味しいんだよ」
真っ白な息を吐きながら、でもシチューであったまった頬はうっすら赤みを帯びていて。その美味しそうに食べる姿を可愛いな、と思った。
僕たちはまだ会って間もないが、好きな映画や好きな小説が似ていて、すぐに気が合ったように感じた。なんか、懐かしい感覚にも似たような感じがする。不思議な出逢いだなって僕は思っていた。
それから僕たちは連絡を取り合うようになり、映画を見に行ったり、この時期のイルミネーションを見に行ったりと、二人で過ごす時間を少しずつ増やしていった。
僕は彼女のことを好きになっていた。
そして、例の夢を毎日見るようになる。その度に、彼女に初めて買ってあげたスノードームの世界が脳裏に広がる。透明なガラスの中に散りばめられた雪。淡く儚く滲んでいく世界。なぜか、胸の奥がキュッと痛くなる。
「何か、大切な事を忘れている気がする……」
でも、それが何かは分からない。
僕は壁に掛かっているカレンダーを眺める。彼女の誕生日に会う約束をした。その約束の日にプレゼントを渡そうと思う。僕が壊してしまった彼女の大事なネックレス。あれの代わりになんてならないだろうけど、僕から彼女へ何かを贈りたい。
「これください」
彼女へのプレゼントはすぐに決まった。彼女にはこれしかないんだ、とそれを一目見て思ったのだ。それはガラスドームのネックレス。小さめの丸いガラスドームの中に雪のカケラが閉じ込められていて、揺らすとキラキラと光るネックレス。スノードームの幻想的な世界が好きだと言っていた彼女。きっと、気に入ってくれるに違いない。
淡いアイスブルーの箱に真っ白なリボンが十字に掛けてあり、リボンの下には透明な雪の結晶の飾りが付いている。僕はそれを上着のポケットに潜ませて、銀色の車輪を回しながら家を出た。
分厚い雪雲のオーガンジーが鼠色の冬空を覆っている。今日は雪が降るかもしれない。そんな事を思いながら、僕はいつもより車輪を速く回す。吐く息は白いが、僕の心には赤い熱が潜んでいて、車輪が回る度に鼓動が加速していくようだ。
『彼女に早く会いたい』
『ハッピーバースデーと伝えたい』
その気持ちが先に先に行こうとして、つい僕は前のめりになって車輪を回してしまう。
クリスマスが近いからか、街中はたくさんの人でごった返している。人混みに気をつけながら、僕は待ち合わせ場所で彼女を探す。ざわざわする落ち着きない雑踏の中に、いつもの真っ赤なタータンチェックを発見してハッと顔を上げる。
彼女に向けて大きく手を振ろうとした瞬間、彼女は誰かの背中にぶつかり、体が大きくふらついた。その下には長い階段。
「雪乃!」
となぜか僕は叫んだ。
傾いていく彼女の体。
「春!」
彼女が僕に向けて叫ぶ。
歩けない僕は立ち上がり、必死に腕を伸ばす。
ポケットから勢いよく落ちるアイスブルーの箱。真っ白なリボンが冬空にフワリと舞い上がる。
ぐるぐると回っていく視界の中、僕は心の中で強く思った。
“今度こそ彼女を守りたい”と——。
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