出逢い

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出逢い

私は同じ夢を見る。 『雪乃! 雪乃!』 と誰かの呼ぶ声がする。 周りは真っ暗闇で、その人の顔は見えなくて。透明な何かが輝いているのがうっすらと浮かぶ。そして、なぜかこの夢から醒めると、私の頬は生温かい涙で濡れているのだ。 「まただ」 私は袖で頬を拭う。 この夢は、毎日見るわけではない。ちなみに私の名前は“雪乃”ではなく“雪菜”である。間違えて呼ばれているのか? 違う誰かを呼んでいるのか? それか何の意味もないただの夢なのか? それは分からない。 「そんなことより」 私はあやふやな夢想を頭に抱えたまま、ベッドからストンと降りて、チェストの上に置いてあるガラス張りのアクセサリーケースを開いた。華奢な金色のチェーンを指先で摘んで、眼前に垂らすと一番下の一粒の宝石がオーロラ色に輝く。彼から誕生日プレゼントとしてもらったネックレス。 『雪菜に似合うと思って』 そう言った彼は、恥ずかしそうにはに噛んでいた。自分の首の後ろに手を回し、金具を付けると、私はそれだけで至福に包まれるんだ。身につけるだけで幸せを手に入れる。 “彼に愛されているんだ”と感じる。 「さぁ、デートの支度をしなくちゃ」 ❄︎❄︎❄︎ 「雪菜、ごめん。別れてほしい」 「えっ……冗談だよね?」 「ごめん。好きな子ができたんだ」 ❄︎❄︎❄︎ 夜の街並みを一人、とぼとぼと歩く。右手には彼からのプレゼントのネックレスを、ギュッと握りしめたまま。 通り過ぎていく人の波。楽しそうに手を繋いで歩くカップルやら、笑い声を上げながら歩く若い子たち。いつもは気にもならないのに、今夜はやけに癇に障る。頬を掠めていく寒風も、傷ついた心に染み込んでくるようで痛い。 私はタータンチェックのマフラーを頬まで覆い、涙で濡れた顔を見られないように歩みを速めた。夜空の星を分厚い雪雲が隠していて、今夜は星が見えないが、目の隅に何かキラキラと光るものが映り込んだ。 お店のウィンドウから見えたものに導かるように、私はその雑貨店に足を踏み入れる。即座に手に取ったもの……それは透明なガラスのドームに入った別世界。 “スノードーム”だった。 「キレイ……」 夢中になっている内に、私は彼に貰ったネックレスを床に落とす。しまった。拾おうとした時、銀色の塊が視界に入ってきて、丸い車輪みたいなものがブチッとチェーンを踏み潰した。 「あっ……ご、ごめんなさい!」 車輪を回しながら後ろに下がった彼の顔を、私はジッと見つめてしまった。一瞬のことすぎて、何が起きたのか分からなくって戸惑う。 眼前には車椅子に乗った男の人がいて、床には彼から貰ったネックレスのチェーンがバラバラに散らばっている。 「うわっ、どうしよう!! 大事なものでしたよね? 本当にすみません! あの、えっと、弁償します!」 「だ、大丈夫ですよーい、いらないものだったし……」 嘘つき。めちゃくちゃ大事なネックレスのくせに。でも、壊れて良かったのかもしれない。 「大丈夫じゃないです! 同じものは買えないかもしれませんが、代わりに何か買います。何がいいですか?」 「いや、大丈夫です……」 私はバラバラになったネックレスをポケットに入れ込むと、泣きそうなのを堪えながらその場を立ち去ろうとした。その時、バッと逞しい腕が私の腕を掴む。 「待って! 君、スノードーム好き?」 「えっ?」 「これを見てたでしょ? 僕もこれに引き寄せられてこのお店に来たから。よしっ! これを買ってくるから待ってて!」 「ええっ? そんな、大丈夫ですって」 「いいから、ちょっと待ってて!」 車椅子の彼は、そこにあったスノードームを手に取って膝に乗せながら、車輪を動かしてレジへと向かっていく。 「ありがとうございました」 結局、車椅子の彼はネックレスを壊してしまった償いに、スノードームを買ってくれたのだった。 「ありがとうございます! めちゃくちゃキレイ!」 スノードームを振ってから上に掲げると、透明な世界の中で雪粒やラメがキラキラと煌めく。 小さなドーム型の世界には、静かに佇む銀色の凱旋門、真っ直ぐ伸びる金色のエッフェル塔、パリの街並みが繊細に再現されている。まるで、その場所にいるような感覚になるぐらい魅惑的で幻想的。 「気に入ってもらえて良かった。本当にすみませんでした!」 ペコリ、と申し訳なさそうに頭を下げる彼。 失恋の悲しみなんて忘れてしまっていた。ポケットの奥に仕舞い込んだ彼のネックレス。彼との思い出。壊れて正解だったのかもしれない。 「実は今日、彼氏に振られちゃって。あのネックレス、彼からのプレゼントだったんです。だから、壊れて良かったんです。早く忘れなきゃいけないから」 「えっ?! そんな大切なものだったんですか? うわーっ! スノードームだけじゃダメじゃないですか!!」 彼は頭を抱えながら、悩んでいる様子。 「ぷっ……大丈夫ですよ。壊れた縁は元には戻りませんからね。このネックレスのチェーンのように。だから、これはこうなる運命だったんです」 私はそう思うことで、自分の中で諦めようとしたかったのかもしれない。 「でも、僕が車輪で壊してしまったわけだし……じゃあ、今度、ご飯でも奢らせてもらえませんか?」 真っ直ぐに見つめる瞳に、心がざわざわして頭の中を何かがよぎった。何だろう……。 その理由が分からないまま、私は頭を縦に振って「いいですよ」と返事していた。 これが彼との不思議な出逢いだった——。
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