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この家に来て3日が過ぎた。
龍雅さんは理事長の仕事やその他諸々で忙しいらしく毎日遅くに帰って来るので、必然的に俺は朝比奈さんと2人きりになるのだが…ある問題があった。
それは、何もすることがないということだ。
一応、神城の授業にちゃんとついていけるように勉強は続けているが、それだけでは暇は潰せない。
龍雅さんからは何も気にせず寛いでいるといいと言われているが、何というか…ついこの間まで働いていたせいか、毎日こう何もせずにいると罪悪感みたいなものが出てしまう。
4月から高校に通うとはいえ、仕事を辞めて何もしていない俺はプータローという奴なのでは。
それに…もっと大きな問題もあった。
リビングで朝比奈さんが作ってくれた昼食を食べた俺は、食器をシンクに持っていき洗おうとした。
「何をしているんですか?」
スポンジを手に取ろうとした瞬間、後ろから声がかかる。振り返ると朝比奈さんが歩いて来ていた。
「…食器を、洗おうと…」
「けっこうです。私が洗いますのでどいてください」
「でも、作ってもらいましたし…」
「私の仕事です。君は何もしなくていい」
「……すみません」
小さく謝って、キッチンからリビングに移動した俺はソファの上に腰を下ろした。それと同時に自然と深い溜め息が出てしまう。
これが、この家に来て直面している大きな問題だ。
朝比奈さんは俺に凄く冷たい。やっぱり嫌われてるのかな。
まぁ当たり前か。いきなり知らないガキが来て家に居座ってるんだ。そりゃあ良い気はしないだろう。
だけど、あんな言い方しなくたってなぁ…。
初めて会った時から、朝比奈さんの言葉と視線にどこか刺を感じていた。氷のようなその態度に、俺は毎回竦んでしまう。
あれがあの人の性分であるならまだ我慢できるけど、どうもそうではないような気がする。明らかに苛立ってるのが伝わって来るし…。
居心地の悪さに、思わずソファの上で膝を抱えた。
家に居たら邪魔かな…どっか行くか。
そう思って、自室としてあてがわれた部屋へ財布を取りに行ってから玄関へ向かった。
しかし扉を開けようとしたその時
「どちらへ?」
「っ」
突然後ろからかかってきた声に体が跳ねる。
振り向くといつの間にか廊下に朝比奈さんが立っていた。
「…ちょっと、出かけてきます…」
「どこへ行くのかと訊いているのですが」
…怖い
「えっと…知り合いの店まで…」
「…あまり不用意に出かけられると困ります。旦那様が心配しますので」
困る、なんて言われても…その発言はあくまで龍雅さんが心配するから言っているだけであって、朝比奈さん自身は俺のことを目障りだと思っているのが顔に書いてある。
「…でも俺、邪魔でしょうし…」
「邪魔ではありません。そういう理由で出かけられるのでしたら気を遣わずとも結構です」
「………」
何かこの人…もうちょっと言い方ってモンがあるだろ。
あまりにも冷たい言葉にだんだん腹が立ってきてしまった。
そもそも誰のせいで気を遣ってると思ってるんだ。
居候の身で文句言いたくはなかったけど、ここに来てから今までずっとこんな調子で、そろそろ我慢の限界だ。
「…あの、もうちょっと…言い方ってあると思います」
そう言うと、朝比奈さんは少し目を見開いてから眉を寄せた。
「俺のこと気に入らないのは、わかりますけど…ずっとそんな態度見せられたらこの家に居たくなくなるの当たり前じゃないですか。
はっきり言って気を遣ってるって言うより、あなたと一緒にいたくないんです」
「………」
衝動のままにまくし立てて、黙っている朝比奈さんを置いて家を飛び出した。
龍雅さんには申し訳ないけど、これ以上あの人と2人きりでいるのは俺には無理だ。
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