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センパイと後輩
6月の梅雨空。
雨上がりと言えば、聞こえはいい。
何よりも、朝から振り続いていた雨が上がった。
学校の花壇に植えられた紫陽花も、雨粒を弾くようように咲いている。
傘立てから傘を取り出し学校から帰ろうとする俺に…
あの…声が呼び止める。
「セ・ン・パイ!」
! マークよりも、ハートマークが似合いそうと思った。
ヤツは、腹立たしい笑顔で、なんのためらいもなく不意に毎回、抱き付いてくる。
お陰で、俺の周りから人が綺麗に消えていく。
一年下の後輩で、どう言った経緯でこうも懐かれたかは不明だが、ドコと構わずベタベタしてくる。
むしろ抱き付いてくると言うよりも、すり寄るに近い表現だ。
そうだ…アレだ。
歩く度に猫が、足に絡み付くような…
寝落ちしたリビングで、目を覚ますと猫が、構ってとゴロゴロ喉鳴らすみたいな?
「センパイん家。猫さん居るんだよね。確か…チャパくん。耳が後ろにカールしてる猫さんで、茶色のスッゴく可愛い子だよね!」
「よく…覚えてんなぁ…」
ってか、何で知ってんの?
「エヘッ」
それに、目がおかしい。
後輩の頭に猫耳と尻尾の幻影が、見える?
俺…しっかりしろ…
「ナニ? センパイ」
「はぁ…」
好きだと告られてから、早くも二ヶ月。
それなりにモテてきたと思うのに、まさか…
後輩から。
しかも、男子から学食で告られるとは思わなかった。
高校生になった直後ぐらいから付き合い続けてた彼女にも、これとベタベタの付きまといが大きな原因の一つで、別れさせられた。
もっとましな振られ方が、良かったと思う。
確か…
元カノは、俺を振る前に。
「なんか…イヤ。男が男にベタベタしてくるとか、いくら顔が可愛くても、絶対に無理!」
俺、100%悪くなくねぇー?
寧ろ被害者じゃねぇーの?
「あぁ…センパイが、好きすぎる!」
「そりゃどうも」
ってか、男には興味ねぇーよ。
「ラブラブなのに?」
「お前…耳大丈夫か? 学校近く耳鼻科行くか?」
「もうそろそろ。付き合わない?」
「誰が?」
「センパイとオレ」
悪寒した。
寒気がした。
話が、通じてない。
「聞いてる?」
「無視していいか?」
「何で !!」
ブーッと、膨れたまま腕ではなく俺自身に抱き付こうしてくる小埼。
俺が、標準体型で小埼は、小柄で細目で身長も俺の首から下に届くぐらい。
そのせいか、あんまりベタベタされると首元に届く小埼のサラサラな薄茶色の髪が元で、こそば痒くなる。
「……ったく……」
心なしか昨日よりも、明るい色味に見える髪。
「染め直した?」
「分かる? 気づいてくれるなんて、オレってば、センパイに愛されてる!」
「安心しろ。愛してないから…」
「えっ…じゃ…好き !!」
「…でもない !!」
断りもなく好き放題言いやがって、抱き付いてきやがって…
そもそも、男が男に抱き付かれても、嬉しいはずないだろう?
ただゴツイだけだし…
女子みたいにフワッとしている訳でもない…
でも、コイツ。
小柄なせいか、手とか女みてぇー見えるんだよな…
敢えて、言わないけど…
シャンプー? の匂いも女かって感じの香る系だし…
って、言ったら図に乗るに決まってる。
「実は、昔から通って居る美容室の担当してる人が、色味変えませんかって、いつもの色に少しインナーカラーでピンクベースの赤色を、入れてるんだ」
「へぇ……」ってか、聞いてねぇーっし。
どうでもいいわ。
「オレ癖っ毛だから、飛びすぎないようにカットしてもらわないと…モサモサになるし。ほら。今、梅雨でしょ。毎朝パンクしちゃって大変だよ」
誰も (特に俺も) 、気にしてねぇーから。
「今回のカット可愛くない?」
「可愛いとかの問題じゃなくて、一々、抱き付くな。歩けねぇーだろ !!」
「えぇ~? 仕方がないなぁ~っ…」
苦笑いの小埼は、腕に抱き付く場所を変えてきた。
だから、なんだ? って、抱き付いてることには、変りわりはない。
「ラブラブしてたい…」
本人は、マジな顔して言っている…
極めて、重い。
遠くの空に見る雨雲の様に重い。
「じゃ…いつならラブラブ出来るのさ?」
駄目だコイツには、そもそも話が通じてない。
「ねぇ! センパイ。今度、デートしよ。近所の公園でさぁ…今、紫陽花が、見頃なんだって…赤に青に紫にピンクに白いのも有るって!」
ニコニコと、嬉しそうに笑うなよ。
「ねぇ。センパイ。今度、行こう!」ニコッ。
「!?っ」
もしや…
コイツ。
自分が嬉しそうに笑うと、俺が断わりづらくなるとか、思ってんじゃ…
「……デートが、イヤなら。その公園の近くにある雑貨屋の買い物に付き合って欲しいなって…ダメ?」
全く…この小動物は…
ダメだと、言うべきか…
無理と、言うべきか…
うん。意見としては、どっちも同じだな…
で、答えは…
「行かねぇー…」一択だろ?
だいたい。
「好きでもない相手と買い物行ってって、面白い?」
「オレは、好きなのに…」
小埼は、腕を離してその場に立ち尽くした。
「…小埼?」
「~っ………」
何で肩が、震えてるんだ?
「あの…小埼?」
肩に手を掛けようとした瞬間。
小埼は、涙目で俺を睨んだ。
大きめな目に一杯の涙溜めて、
唇の色が、変るまで唇を噛み締めて…
「デートが、イヤって言ったから買い物って言ったのに…」
「それは……」
「センパイ。友達となら買い物とか行くよね…」
確かに、先週の日曜日…
友達と買い物に行った…
うん。
行った。
「で、何で、俺が別な学校のヤツと出掛けた事、お前が、知ってんだ?」
「えっ…」
涙流しながら。しどろもどろになってんじゃねぇよ。
「あははっ…じゃ…えっと、バスが来る時間だから。センパイ。バイバイ !!」
慌ただしくバスに載って去っていく後輩の小埼。
えっ…何、俺…先週付けられてたの?
って、小埼お前も、徒歩通学だろ? 何でバスに乗っての?
しかも、あの路線は家とは正反対じゃねぇ?
まぁ…いいけど。
知らぬが…何とかって聞くけど…
本当、知らない方が良かったって方が、多いぐらいだ…
続く
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