52人が本棚に入れています
本棚に追加
003
「二度と戻りたくないわね」
「王女様、どうかされたのですか?」
「あー。なんでもないのよ。昨日読んでいた本の内容が、ね」
「王女様は博学でいらっしゃますからね」
一瞬驚いた様な表情をした侍女が、何もなかったかのように話し出す。
危ない、危ない。無意識だと、どうしても過去の私が出てきてしまうのよね。なんせあっちでは29年も過ごしたから。ここでの17年に比べたら半分くらしだし。
しかも王女って思っているよりも職業としては暇。
やることと言ったら、本を読んだり音楽を聴いたり、たまーーーーーーーに慰問に出かけたり。ほぼこの城の中で過保護に育てられているのよね。
初めはこんなので大丈夫と思ったけど、慣れてしまえば悠々自適な生活といえる。
だってほぼゴロゴロして好きなことしかしてないんだもの。
イケメンの騎士を眺めて目の保養をしつつ、優しい侍女たちとおしゃべりだけでいいなんて。
前の世界になんて死んでも戻りたくないわ。ま、死ななきゃ戻れないんだけど。
「王女様! 王女様! 大変です!」
「どうしたの、そんなに慌てて」
「王女様の御前でそんな風に取り乱すだなんて」
「で、でもこれは一刻を争うことで……」
「いいわ。どうしたの?」
息も絶え絶えでなだれ込んできた侍女を叱るほど、私は心が狭くないのよ。
「こ、国王様が王女様をお呼びでして……すぐに来るようにと」
「お父様が? 急に何かしら」
こんな風に急に呼び出されたのは初めてね。侍女もこんな風に慌てている所を見ると、あんまりいい予感はしないんだけど。
「あなた何か聞いてる? こんな風に急に私をお父様が呼び出すだなんて」
「あの……それは……」
「別に怒りはしないから言ってちょうだい?」
私の言葉に侍女は膝から床に崩れ落ちた。
「ああ。濡れてしまうじゃない」
驚く私など気にすることなく、侍女は顔を押さえさめざめと泣き出した。
「申し訳ございません……」
「な、何を謝っているの? 言ってくれないと分からないわ」
「王女様の御結婚が決まったと……」
「んんん、え、結婚!?」
さすがに寝耳に水とはこのことね。今まで一回だって、そんな話は出て来なかったのに。
しかも泣きながら謝る侍女を見れば、その嫁ぎ先がマトモではないのだろう。
私は勢いよく湯船から立ち上がると、先ほどまでマッサージや髪を洗ってくれていた侍女たちに指示を出した。
「すぐに用意してちょうだい。謁見します!」
「はい王女様」
侍女たちは声を揃えながら素早く行動に移した。
最初のコメントを投稿しよう!