私のだいすきなひと

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 麗らかな日差しの下、私と颯斗先輩は、屋上にいた。勿論、お昼ご飯を食べる為だ。 「今日は先輩の分も作ってきたんです! あんまり自信はないけど、食べてみて下さい」 「お、さんきゅー!」  颯斗先輩が玉子焼きをお箸で摘む。私はその様子を、固唾を飲んで見守っていた。やがて咀嚼し終えた先輩は、こちらに笑顔を向けて言う。 「ん、やっぱうまいな」  その言葉一つで幸せになれるなんて、どんなに素晴らしいことだろう。 「颯斗先輩」  優しい優しい、私の先輩。少しぶっきらぼうなところもあるけれど、そんなところも含めて―――― 「大好きです」 「なっ、お、お前なぁ……っ!」  付き合ってもう何か月も経つのに、未だにこういうことには慣れていないらしい。言う度に顔を赤くしてうろたえる先輩は、見ていて微笑ましく面白いものだ。 「何笑ってんだよ」  颯斗先輩は拗ねたように言うと、私の腕を掴んで、自分のほうへ引き寄せた。いきなりのことに驚いて、私は勢いよく先輩の胸へ倒れこんでしまう。  先輩は私に上を向かせて、視線を合わせた。じっと私を見つめる真剣な瞳に、何も言えなくなってしまう。数秒見つめ合い、私が自然と目を瞑ろうとした、その時。 「すばるにはまだ早いわっ!」  屋上のドアが派手に開く音と、怒鳴り声のようなものがした。私は驚いて先輩にしがみつき、恐る恐るドアの方を見る。守るように抱き締めてくれた先輩にこんな時でもときめいてしまうのだから、恋する乙女というのは現金なものである。 「お前ら……」 「い、伊織ちゃんと……阿刀田先輩?」  立っていたのは、私の友人である伊織ちゃんと、颯斗先輩の友人である阿刀田先輩だった。そういえば、二人は顔馴染みだったっけ……。  二人を認めた颯斗先輩は咄嗟に私を離し、私も先輩から離れる。 「すばると烏丸先輩の交際は認めるけど、キスはまだ早いわよ」 「伊織ちゃん……」 「おい、俺ら付き合って何か月だと思ってんだ……」  あの告白から数ヶ月。一般的なカップルであれば、もうキスなど済ませてしまっているだろう。だが互いにそういったものに疎い私達は、なかなか機会を掴めずにいた。 「……そんなに経つかしら?」 「うん。付き合い始めてから結構経ってるかな……」  私が言うと、伊織ちゃんは思案顔になった。あれ、伊織ちゃんには話したはずなんだけどな……。伊織ちゃんの中では、付き合ってから何か月経ったらキスをして良いのだろう。 「経緯はなんとなく察した」  伊織ちゃんの横にいた阿刀田先輩が言葉を発する。それを受けて、颯斗先輩が「はぁ?」と首を傾げた。 「俺の下駄箱に手紙を突っ込んだのは、田宮だったのか」 「はい、田宮すばるです」 「あの後颯斗がお前の手紙を持って走っていったが……お前を追いかけていたんだな」  ああ、と颯斗先輩が肯定した。あれが私達の出会いだったわけだ。 「そして『恋の相手』が颯斗のことだったとはな……」  しみじみと言う阿刀田先輩。今、颯斗先輩の前でそんなこと話さなくても……! 「恋の相手?」 「あ、や、その颯斗先輩違っ……いや違くはないんですけど……あああ阿刀田先輩っ!」  喋り続けようとする阿刀田先輩の口を手で塞ぐ。これ以上何か話されたら恥ずかしさで死んでしまう。 「おい晃成、すばるに触んな!」 「いやこの女が一方的に……むぐっ!?」 「喧嘩は止めましょう! あの時の話も止めましょう! ねっ!?」 「んぐぐ……!」  私は喋り続けようとする阿刀田先輩の口を再度塞いで、取り繕うように笑った。阿刀田先輩が喋るのをやめてくれるまで離す気はない。 「ふふ……なんだか賑やかね」  その光景を見た伊織ちゃんが、くすりと笑い、言う。私も改めて今の状況を見つめ直してみると、和気あいあいとした雰囲気に思わず笑みが零れてしまった。 「何笑ってんだ?」 「なんか……楽しいですね。皆でわいわい、こうしているのも」 「……ま、悪くねぇ」  颯斗先輩が照れくさそうに言って笑う。  キスは先延ばしになってしまったけれど、今はみんなでこうしているのも楽しいから、いいか。そんなことを想いながら、私は空を見上げた。  阿刀田先輩に振られて見上げたあの日と同じ、青い青い空だった。  けれど今日は、深く青い空はまるで、私達を包み込んでくれるように感じたのだった。
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