破られたラブレター

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破られたラブレター

 いよいよ、ついに、この日が……!  私はいつもより速い心臓に一生懸命静まれと念じながら、三日三晩寝ずに考えて書いた「それ」を握り締めた。「それ」とは、つまり、これから憧れの阿刀田(あとうだ)先輩に渡す……というか先輩の下駄箱に入れる予定のラブレターである。  胸の高鳴りを抑えながら、私は阿刀田先輩の下駄箱を開けた。そして、見えやすい位置に手紙を入れる。田宮すばる、一世一代の大勝負だ! 「よし……!」  先輩は、見てくれるだろうか。心臓が飛び出しそうになりながら、私は下駄箱の陰に隠れて様子を見ることにした。  少し経って、阿刀田先輩が登校して来た。長身で、均整の取れた逞しい体つきは、さすが剣道部の主将を務めているだけある。その意志の強い眼差しとストイックさに撃ち抜かれた女生徒は少なくない。今日もお友達と一緒だ……確か、烏丸(からすま)先輩だったっけ。阿刀田先輩よりも若干背は低く、私達後輩は、有名人の阿刀田先輩の友人として名前を知っている程度である。烏丸先輩もスポーツ系の部活のようで、学校指定のスポーツバッグで登校していた。  阿刀田先輩は烏丸先輩と話しながら下駄箱を開け、顔を顰めた。  あ、あれ? 顔を……顰めた……? 「おっ、ラブレターか? 青春だねぇ~。良いよなぁ、モテる奴はよー!」  隣にいた烏丸先輩が、私のラブレターを苦々しい顔で見つめたままの阿刀田先輩をからかうように言う。 「……くだらない」  阿刀田先輩はそのまま、表情も変えずに、私のラブレターを丸めてゴミ箱に放った。ぐしゃぐしゃになったラブレターが、ぽすん、とゴミ箱に入る。  嘘……。あまりの光景に、じわりと涙が浮かんでくる。  読んでもらえるかと、楽しみにしながら書いた記憶が蘇る。いつの間にか目に溜まっていた涙が、今にも零れ落ちそうだ。  確かに、呼び出して告白する勇気は無かったけれど。けれど、こんなにあっさり、捨てられてしまうとは……。 「おい、晃成!」  烏丸先輩が、突然大きな声を出した。それにびくりと肩を震わせ、ついでに涙も引っ込んでしまう。 「捨てることねえんじゃねーか」  それは、阿刀田先輩を責め立てるような口調だった。烏丸先輩、怒ってる……? 「書いた奴のことも考えろよ!」 「直接ものを言いに来ない奴は好かない」  阿刀田先輩の言葉に、心がぎしぎし軋んで、押し寄せてくるのは後悔ばかりだ。どうして、勇気が出せなかったのだろう。 「晃成、お前……」  烏丸先輩は少しの間阿刀田先輩を睨むと、先に上靴を履いてすたすたと歩き出した。あ、まずい、こっちに来そうだ……。 「……ん?」 「……あっ」  見つかってしまった。確実に今、目が合った……。  私はなりふり構わず急いで近くの階段を駆け上がった。取り敢えず、このまま駆け上がって、屋上に逃げてしまおう。今日はもう、気持ちを落ち着かせなければ、授業に集中できそうにもない。 「あ、おい!」  後ろから烏丸先輩の声が聞こえてきたが、私は無視して走り続けた。  好きだった。阿刀田先輩のことが。  だけど、もう、終わってしまった。私の恋は……。  思い返せば思い返すほど、教室に戻る気にもなれなくて、私は屋上でぼーっとしていた。空は青く、雲はゆっくりと流れている。今朝の凄惨な事態なぞ無かったかのように。まあ凄惨だったのは私だけだけど。さようなら、私の恋……。 「み、見つけたぜ……!」  突然、屋上のドアがばたんと開いた。振り返ると、そこにいたのは……烏丸先輩だ。 「烏丸先輩……?」 「これ、お前のだろ?」  烏丸先輩が近付いて、くしゃくしゃの……けれど、一生懸命皺を伸ばしたような手紙を私に差し出した。薄いピンクの封筒にハートのシールが貼ってある古典的なラブレター。私が阿刀田先輩へと送ったものだ。 「……はい」 「まぁ、あいつ……晃成も、悪気があってやった訳じゃねぇんだ。許してやってくれよ」 「いえ……。私に、勇気が無かったから」  空を見上げる。ゆったりと流れる雲を見ながら、私は思いの丈を烏丸先輩にぶつけていた。この人なら聞いてくれるような、そんな気がしたから。 「最初から勇気を出して、呼び出して告白すれば良かったんです。そうしたら、玉砕しても、仕方ないって納得したのかも」 「今は? 納得してねぇのか?」 「……後悔ばかりです。でも、もう終わったことだから」  涙はもう引っ込んでしまった。ふふ、と笑って烏丸先輩を見ると、先輩は何ともいえない表情をして私を見た。それから凄い剣幕で私の肩を掴み、「まだだ!」と叫ぶ。な、何なの、いきなり……。 「まだ、終わってねぇよ! 晃成にはまだお前の気持ち伝わってねぇだろ!? 諦めていいのかよ!?」  先輩は真剣な目で私を見てくる。掴まれた肩は痛いし、私はどうしたら良いのか分からなくて、なぜだか涙が溢れてしまった。それはぼろぼろと零れて、止められない。 「あきらめ……っ、あきらめ、たく、ないっ」 「おう」 「伝えたい……です、阿刀田先輩に、私の、気持ち……」 「おう」  ならもう一回頑張ろうぜ。俺も協力するからさ! と烏丸先輩は言って、笑った。その笑顔が子供みたいに無邪気だったから、私もつられて笑ってしまった。  ありがとう、烏丸先輩。私、もう少し頑張ります。  こうして、私と烏丸先輩の、阿刀田先輩告白大作戦が始まったのだった。
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