告白大作戦、開始

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告白大作戦、開始

 次の日から、私と烏丸先輩の「阿刀田先輩に気持ちを伝えよう大作戦」が始まった。この作戦は「直接会って伝える」かつ「気持ちが伝わる」手段を取らなければならない。となると呼び出して告白するのが一番手っ取り早いのだが、そんな勇気がすぐに湧くのであれば最初からそうしているという話だ。  私と烏丸先輩は「作戦会議」と題して、時々昼食を一緒に食べることになった。最初は少しだけ緊張したが、烏丸先輩が親しみやすい雰囲気のため、すぐに打ち解けることができた。 「まずは練習から始めてみるか……」  烏丸先輩がお箸を咥えながら言う。 「あの、烏丸先輩」 「颯斗でいいぜ。てか俺の名前教えてないよな? 烏丸颯斗」 「えと、は、颯斗先輩……その、なんで私に協力してくれるんですか?」  颯斗先輩は咀嚼していたものを飲み込んで、きょとんと私を見た。こういう時、颯斗先輩が先輩だということを忘れてしまいそうになる。男の人にこう言うのは失礼かもしれないけれど、可愛いらしい。 「んー……俺、晃成がお前の手紙捨てるとこ見たしよ、その後追っかけて渡したろ? 今更関係ありませんなんてできねーよ」  元々人の世話焼くのは嫌いじゃねーんだ、と颯斗先輩は笑った。聞くと、阿刀田先輩にラブレターを送る人はそう珍しくはないが、阿刀田先輩はいつもラブレターを読まずに捨ててしまうらしい。一年生の頃からそうで、お陰で阿刀田先輩にラブレターを送る女生徒は居なくなっていたのだが、今年入学した下級生である私はそれを知らずに、先輩にラブレターを送ってしまったというわけだ。で、前々から阿刀田先輩の態度を見兼ねていた烏丸先輩が怒るに至ったということらしかった。  良い人だ……としみじみ感じていると、颯斗先輩が私のお弁当を指して言う。 「毎日弁当?」 「はい。自分で作ってます」 「まじで? へー、上手いもんだな……」  まじまじと私のお弁当を見た颯斗先輩に、玉子焼きを摘んで差し出してみる。え、と驚いた顔をした後に、先輩は玉子焼きを口に入れた。咀嚼し、「ん、うまい」と呟いてくれたので、私はにんまり笑う。 「先輩はいつも購買ですか?」 「購買か学食だなー。親忙しいし、部活で朝早いから作るのも面倒だし」  先輩がお弁当を頬張りながら言った。学食に行くときは、阿刀田先輩と一緒に行くのだろうか。いや、颯斗先輩ならお友達も多そうだし、一緒に食べる人には困らないのだろう。そう思うと、わざわざ私のために時間を割いてくれるありがたさが身に染みた。  良かったら、今度お弁当作ってきましょうか? と言うのは流石に差し出がましいような気がして、私は黙って残りの玉子焼きを口に放り込んだ。少し甘めの玉子焼き。私にしては、まあまあうまく出来ている。  昼休みを終えて教室に戻る途中、廊下で阿刀田先輩と擦れ違った。阿刀田先輩はこちらに見向きもせず颯爽と歩いていったけれど、私はしばらくその背中を見つめていた。  広い背中にスッと伸ばした背筋。我が校の剣道王子の異名をほしいままにしているだけあって、高貴な雰囲気も漂っているような気がする。今でも、見ているだけでどきどきする。 「あ、授業……」  気が付くと、始業のチャイムが鳴り始めていた。私は廊下を小走りで駆け抜け、教室へ向かった。 「阿刀田先輩? って、阿刀田晃成?」  友達の伊織ちゃんが、パックジュースを啜りながら呟いた。  授業が終わり、放課後。人のまばらになった教室で、私と伊織ちゃんは帰り支度をしながら話をしている。 「ふーん……すばるはあれが好きなの」 「阿刀田先輩をあれって言えるの、伊織ちゃんくらいだよ」  ずずず、と音を立てて残りのジュースを飲み干した伊織ちゃんは、パックをゴミ箱に投げ捨てた。がこん、と音を立ててゴミ箱に収まるパックを見守ってから、私は伊織ちゃんに視線を戻す。聞くと、伊織ちゃんの家が剣道の道場をやっている話は前々から聞いてはいたが、なんと、阿刀田先輩はその道場に通っているらしい。そのため、阿刀田先輩のことは入学前から知っており、私が先輩のことが好きだと打ち明けた今、伊織ちゃんはひどく驚いていた。小さなころから知っていると、そういう反応になるものなのだろうか。 「あれで良いのよ。で、告白はしたの?」  私はゆっくりと首を傾げた。したと言えばしたし、していないと言えばしていない。 「手紙……下駄箱に入れたんだけど」 「けど?」 「見ずに捨てられちゃった」  その言葉を聞いて、伊織ちゃんは机をばんと叩いて立ち上がった。もの凄い剣幕だ。 「はぁ!? なにそれ!!」  どうやらかなりお怒りのようだ。阿刀田先輩を殴り飛ばしてくるという伊織ちゃんを必死に止めて、宥める。 「待って伊織ちゃん、私まだ、諦めてないの! 今、ご友人の烏丸先輩と一緒に作戦会議して、もう一回ちゃんと気持ち伝えようって……」 「……そうなの?」  伊織ちゃんはその言葉を聞き、再び席に着いた。いったんは落ち着きを取り戻したらしい。 「まあ、それなら応援するわ。相手が阿刀田晃成なのは気に食わないけど」 「ありがとう、伊織ちゃん。フラれたら慰めてね?」 「すばるをフる男なんてぶっ飛ばしてやるわよ」  伊織ちゃんはいい子だ。美人で成績も良くて文武両道で、私にも優しくしてくれる。大好きな大好きな友達だ。伊織ちゃんが恋をした時、私も何かお手伝いしたい。いつかそんな日が来るかもしれないし、来なければ来ないで、別の形で力になれれば良いと思う。 「伊織ちゃん、大好き」  照れくさかったけれど、言った。すると伊織ちゃんは嬉しそうにはにかんで、「ありがとう」と微笑んだ。
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