はちみつレモン

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はちみつレモン

「今日は練習だ!」  いつものように屋上に集まって、颯斗先輩が叫んだ。私もありったけの大声で「はい!」と答える。今日は実践練習、すなわち、実際に告白のセリフを言ってみるのである。相手は颯斗先輩だ。妙に緊張する……。 「阿刀田先輩、好きです!」 「もっと全身全霊で!」 「好きですー!」 「よし、合格!」  颯斗先輩、実は熱血……? さすが、体育会系の部活をやっているだけある。  羞恥で声は出ないわ緊張するわで、私の喉は大ダメージを受けていた。けほけほと咳を繰り返し、ようやく少しましになった頃、颯斗先輩が何かを差し出してくる。何かと思ってよくよく見ると、のど飴のようだ。パッケージに「はちみつレモンのど飴」と書いてある。 「ダチに何個か貰ったんだ。やるよ」  そう言って颯斗先輩は、制服のズボンのポケットから追加で何個かアメを取り出して私の手のひらに落とした。私の手のひらには、はちみつレモンのど飴が三つ。そのうち一つを、封を切って口に放り投げる。甘くて美味しい。 「本人の前でもこんだけ言えりゃ、絶対気持ち伝わるぜ。頑張んな」  颯斗先輩が私の頭に手を乗せ、撫でた。その手が心地よくて、ずっとこうしていて欲しいと思った。  廊下で伊織ちゃんと会った。私は咄嗟に近寄り、先程颯斗先輩に貰ったアメを伊織ちゃんに渡す。 「颯斗先輩からアメ貰ったの。伊織ちゃんにお裾分け」 「ありがとう」  私がはちみつレモンのど飴を差し出すと、伊織ちゃんは微笑んで受け取ってくれた。それをポケットに仕舞い、伊織ちゃんは嬉しそうな表情で言う。 「すばる、最近楽しそうね」 「そう?」  颯斗先輩颯斗先輩って、毎日そればかり。妬けちゃうわ、と伊織ちゃんがくすくす笑った。私もつられて笑ってしまったが、そんなに毎日言ってるかな、と思うと少しだけ照れ臭い気持ちになってしまったのだった。  放課後、部活に行く前の伊織ちゃんと少し会話を楽しんだ後、私は帰宅することにした。伊織ちゃんはいつも部活が遅い為、一緒に帰れないのだ。  家に帰る道すがら、私はポケットに入っていたアメを取り出して眺めてみた。一つは食べて、一つ伊織ちゃんにあげて、残りの一つ。甘くて美味しい、はちみつレモンのど飴。 「ダチに何個か貰ったんだ。やるよ」  颯斗先輩の言葉が蘇る。いつでも私を励ましてくれる、優しい先輩。 「本人の前でもこんだけ言えりゃ、気持ち絶対伝わるぜ。頑張んな」  颯斗先輩がそう言ってくれるなら。きっと、いや、絶対に、大丈夫なのだろう。  撫でてくれた頭の感触を思い出す。颯斗先輩の手のひらの温度がまだ残っているような気がして、一人で頬を緩ませた。  翌日のことだ。登校して席に着いた私のもとへ、伊織ちゃんがやってきた。私は挨拶をして、鞄から教科書やノートを取り出す。 「ねぇすばる、憧れと恋は違うのよ?」  何の脈絡もなく伊織ちゃんがそう言い出したものだから、びっくりして反応が遅れてしまった。やっとのことで「……なんでいきなり?」と聞き返す。 「最近のあなたを見てて思っただけ。何が憧れで何が恋なのか、一度見極めたほうがいいわ」 「うん……?」 「阿刀田晃成と、烏丸先輩。どっちが憧れで、どっちが恋か」 「どっちが……恋か……?」  この言葉は予想外だった。だってまさか、颯斗先輩と阿刀田先輩を並べて、どっちが恋か、なんて。阿刀田先輩に決まってる……そうでなければ、今までのことは一体何だったんだ。颯斗先輩に協力までしてもらって伝えようとしている、この思いは。  始業のチャイムが鳴って、伊織ちゃんは自分の席へと戻っていった。取り残された私の脳裏には、伊織ちゃんの「憧れと恋」という言葉がずっと鳴り響いていた。 「憧れと恋なぁ……」  今日は「作戦会議」の日だ。つまり、颯斗先輩と屋上で昼食を食べる日。だが阿刀田先輩に告白してしまえば、これも終わりだ。  私は伊織ちゃんに言われたことを、それとなく颯斗先輩に相談することにした。ずばり、「憧れと恋の違いは何ですか?」と。  どうやら、颯斗先輩は答えに窮しているようだ。それもそうだろう、元々颯斗先輩は恋愛ごとに聡いほうではないのは、ここ何日か見ているだけでも察せられるほどだった。 「恋っつーのはさ、ずっと一緒にいたいとか、ふとした時に会いたいとか……そういう感覚じゃねぇの?」 「じゃあ憧れはなんでしょう?」 「憧れはだなー……あの人素敵、かっこいい……とか……感じること、か?」  途切れ途切れになっているあたり、颯斗先輩もあまり自信が無いらしい。  憧れと恋は似ている。伊織ちゃんが私に伝えようとしたことの真意はなんだろう。私にとって憧れって? 恋って? 「……よく分かりません」 「俺も」  晴天の下、二人してため息を吐いた。  空では雲が、私達を見守るかのようにゆるゆると動いている。
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