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気付いた、私のきもち
阿刀田先輩は、既に校舎裏で私を待っていてくれた。駆け寄りながら、彼にも届くよう大きな声で呼ぶ。阿刀田先輩はこちらへ振り向いて、少しだけ眉根を寄せた。
「阿刀田先輩っ!」
「……何の用だ」
簡潔に済ませ、という雰囲気を醸し出す阿刀田先輩に、私は少したじろいでしまった。けれど、ここまで来たらもう、言うしかないのだ。
「阿刀田先輩、私、先輩のこと……」
先輩は腕組みをしてこちらを見ている。
私は笑顔を作って、言った。先程気付いた、本当の気持ちを。決して、後悔しないように。
「……好き、でした。大好きでした。ずっとずっと、憧れてました……今も憧れてます。堂々とした態度が、素敵でした」
「何が言いたい?」
阿刀田先輩の眉がますます中央に寄る。私は気にせず続けた。
「ありがとうございました。先輩のお陰で私、あの人に出会えたんです。先輩に憧れたお陰で……」
阿刀田先輩は意味が分からないという顔をしている。それもそうだろう。いきなり呼び出されてこんな訳の分からないことを言われて、愉快でない気持ちは分かる。でも、このまやかしの恋に終止符を打ち、まっすぐな気持ちで先輩を応援するには、この行為は私にとって必要なことだった。
「だから、ありがとうございました。先輩に御礼が言いたかった」
「意味が分からないが……言いたいことはそれだけか?」
「はい。先輩から教わりました。まっすぐ気持ちを伝えること」
阿刀田先輩にラブレターを送ったあの時、手紙ではなく直接会って告白していたら、何かが違っていただろうか? ……いや。結果は変わらなかっただろうし、過去に対して「たられば」の話をしたところでどうしようもないことだ。
私を前に向かせてくれたのは、颯斗先輩だ。今の私にとって大切なのは、その事実だけ。
「最初は告白しようと思ってたんですけど……気付いたんです。先輩は憧れで、私の恋の相手じゃないって」
憧れと恋はよく似ている。両者が混在することだってあるだろう。けれど結局、私にとって憧れは憧れにすぎず、恋は恋だったのだ。
「私が本当の恋の相手に出会えたのは、阿刀田先輩のお陰なんです。先輩は私の憧れで、きらきらした存在なんです。ずっと……応援してます」
「なら、早くその『恋の相手』とやらに気持ちを告げてきたらどうなんだ?」
「はい。お付き合いさせてしまってすみません。聞いてくださって、ありがとうございました!」
阿刀田先輩に一礼して、私は屋上に向かい走り出した。
ありがとう、阿刀田先輩。今は、あなたのお陰であの人に出会えたことに、感謝しよう。大好きな颯斗先輩に。
阿刀田先輩のことを憧れだと言い切ったことに、私はひどく晴れやかな気持ちでいた。胸のつかえが取れたような気持ちだ。阿刀田先輩には、わざわざ呼び出して時間を無駄にさせてしまって申し訳ないことをしてしまったけれど……。
私の前に転がっていた、本当の気持ち。今なら、見ないふりなんてしないで、素直に受け止めることができる。
受け止めてしまえば、あとは単純だ。颯斗先輩に気持ちを伝えよう。どうなっても構わない。
協力した恩を仇で返されたと思われたって、変なやつだと思われたって。だって、それが私の本音で、本当の気持ちなのだから。
後悔しないようにと、伊織ちゃんは言った。私だって、思う。後悔はしたくない。だから走る。今ならきっとまだ屋上にいるだろう。一分一秒でも早く。
早く、早く、大好きな颯斗先輩の元に。
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