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私のだいすきなひと
私は乱れる呼吸を整えながら、颯斗先輩を見た。先輩は驚いた顔で私を見ると、すぐに視線を落としてしまった。目が合わないまま、先輩が呟く。
「すばる……告白は……」
「はい。これから、私の本当に大好きな人に、告白します」
「……なら、行ってこいよ。何で戻ってきたのかは知らねーけど、晃成が帰っちまうぜ」
颯斗先輩がぶっきらぼうな様子で言った。
私は意外なことに、妙に冷静だった。ひどく穏やかな気持ちだ。阿刀田先輩に気持ちを伝えて、自分の気持ちの整理がついたからだろうか。
「颯斗先輩。私は、本当に大好きな人に告白するんです」
颯斗先輩が疑問符を浮かべた顔でこちらを見た。ようやく、瞳を見つめることができる。
「私は……、颯斗先輩が好きです。大好きです!」
「すばる……?」
颯斗先輩は驚いた顔をしている。無理もないことだ。先程まで別の人が好きだと言っていた後輩が、突然あなたが好きですなんて言い出すのだから。
先輩。本当に私、あなたが好きなんです。あなたと一緒にいたいんです。優しい颯斗先輩。
「私、あなたに恋をしたんです。阿刀田先輩じゃない、あなたに」
「すばる、どういう……」
「阿刀田先輩は、憧れだったんです。私、憧れを恋と勘違いしてました。けれど颯斗先輩と出会って、過ごして……これが恋だって気付いたんです」
言葉を失う颯斗先輩に、私は畳み掛けるように言葉を発していた。溢れ出した気持ちはもう止められない。
「ごめんなさい。先輩に言い出すのが怖かった。軽いやつだって思われて、嫌われるのが怖かったんです。ごめんなさい……」
「そんなこと……」
耐え切れず、自分の腕をぎゅっと掴む。飾らない正直な気持ちには醜さもあって、好きな人に隠したかったそれを曝け出すのには、勇気が必要だった。
「臆病でした。自分の気持ちに蓋をして見えないふりして、悪く思われたくないからって流されるままになろうとしてた。でも、それじゃ駄目だって思ったんです。先輩に貰った勇気で、本当の気持ちを伝えたいんです」
嫌われたくないから。悪く思われたくないから。そんな思いで、颯斗先輩への想いを塗り潰していた。乗換えの早い軽いやつだなんて思われることを恐れて、阿刀田先輩が好きなのだと思い込もうとした。でも、それじゃいけない。
私は颯斗先輩をじっと見た。先輩は私と目が合うとふいっと逸らして、目を伏せてしまった。
「蓋をして見なかったふりしてたのは、俺の方だよ」
ぽつりと、颯斗先輩が呟いた。それから少し間をおいて、何かを決意したかのように前を向き、私を真っ直ぐに視線で捉える。強い眼差しに晒されて、心がちりちりと焦げるようにひりついた。
「本当は、すばるが好きだった。けど、お前は晃成が好きなんだからってさ……自分を無理矢理納得させようとして」
颯斗先輩の肩が震えている。心配になって近寄ると、先輩は私を強い力で抱き竦めた。
「好きだ、すばる! あの時引き止められなかった、臆病な俺を許してくれ」
「颯斗先輩……」
「一緒にいて欲しい」
懇願するような声に、力を増す腕。少し痛かったけれど、私はこの上ない幸せを感じていた。
「一緒に、いたいです……!」
私の涙は先輩のワイシャツに吸い込まれて、小さな水玉模様を作った。
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