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さっきまでのお医者さん的な話し方ではなくて、軽やかなトーンの声が聞こえた。それは聞き覚えがある。私は風邪のことを忘れてガバッと顔を挙げると、そこにはタマゴくんが居た。想い人の彼なので瞬間に私の頬が熱くなる。だけど、熱があるから赤くなっているのはわからないだろう。
「久しぶりだね」
「懐かしいな」
一言交わすと昔に戻ったみたいな笑顔が見れた。とても嬉しい。
だけど、その時に看護師さんが「先生」と呼んでいた。他にも患者が待っているので話す暇なんてないだろう。
そして、もしかしたら今の看護師さんは彼のお嫁さんなのかもしれない。私たちはもう結婚しているのが普通の年代だから。私は離婚だけど。
「ごめんね。今日は混んでるんだ」
申し訳なさそうな彼の言葉に、私は頷いた。
「うん。久しぶりに会えて良かったよ」
それで診察室を離れようと思った。だけど、足が進まない。風邪の責任じゃない。
もう少し、ちょっとだけで良いから彼と話したい。
「あのさ」
言葉がそれから繋がらない。見てはないけど、今の彼は不思議な顔になっているだろう。
諦めよう。もうこんな私がいつまでもタマゴを持っているのが悪い。
「良かったら今度昔話でもどうかな?」
少し急いだ言葉になっている。だけど私はその言葉が嬉しくって振り返ると彼のことを真っ直ぐに見た。
「熱が有るんだから、落ち着いて」
私が焦っているのが分かったのか彼は立ち上がって、私のあたまををポンと優しく叩いた。
その時の昔と一緒の彼の笑顔がとっても素敵。心が躍ってしまう。
彼とその場で電話番号を交換して病院を離れた。
「今日はこんなことが有ったんだ」
薬で少し楽になった頃、親友に風邪のことにそして、彼に偶然会ったことをメッセージで知らせた。
「それは運命なのかもよ!」
文面でも彼女は楽しい雰囲気を表している。
「単に昔を懐かしんでるのかもよ」
「そんなんじゃないって。ちょっとあたしが彼のことを調べるから。続報に期待を」
病気の私に気を使ってくれたのか、親友との連絡は終わる。
なのでちょっと休もうと思った。窓から海が見える懐かしい風景。そしてこっちも懐かしい彼の想いが漂っていた。
海には鳥が飛んでいる。その時に私は思った。タマゴはもう孵っているんだと。
彼の姿を見たときに心に風が吹いた気になった。それは鳥が近くを飛んだみたいに。きっとあれはタマゴの鳥だったんだろう。
「彼はまだ独身らしいよ!」
数時間眠って目を覚ましたときに親友からの報告があった。
「そうなんだ」
冷静に返してみる。
「恋のタマゴはどうなったのかな?」
「知らないよ」
「嘘をおっしゃい。あたしにはわかってる。昨日なら反論したろうに。残るは自分の心に聞きなさいね」
彼女にかくしごとはできない。私は昔の恋をもう思い出していた。
捨てるものなんてない。ただ前に進むしかないのだろう。
「明日会えないかな?」
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