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「あの老夫婦に随分とよくしてもらったようだな」 ミランが荷物を担ぐと、ティアもそれに倣って足元に置いてあった荷物を持ち上げようとした。 「はい、お料理の作り方を教えていただきました。それにしても、本当に仲の良いご夫婦です」 なかなか持ち上がらない荷物を、ミランがひょいっと横から奪う。 「見ていて気持ちがいいくらいだったな」 ティアが荷物を持ち上げられないことを申し訳なさそうに笑うと、ミランもティアに微笑みかけた。 「お互いを想い合っているのが、伝わってきたよ」 「はい、本当に。羨ましい限りでございます」 「羨ましい?」 「はい、私は宮廷から外へ出たことがありませんので、このように温かい方がたくさんいらっしゃるとは思いも寄りませんでした」 「初めての外の世界が、盗賊団のアジトだったとは、運が悪かったな」 これについては、ミランは苦く笑うしかない。ミランをおびき寄せるエサとして白羽の矢が当たってしまったティアの不運に、ミランは心底申し訳ないと思った。 それでもそうとは知らず、同調でもするかのようにティアは苦笑した。苦笑し、眉尻が下がっても、そのティアの美しさは損なわれない。 (リンドバルク殿が大切にするのもわかる。が、ティアをさらわれて、もっと激怒しているのかと思いきや……) 「はい。ですが、あの方、黒髪の方はとても親切にしてくださいました」 どっ、とミランの心臓が鳴った。 「……そ、そうか、」 ティアに、ルォレンのことを訊くこともできる。成長したルォレンの、その人となりが気になったが、ミランは言葉を続けようとして、そして止めた。 (訊いたところでどうだと言うのだ。ルォレンが例え親切な男だったとしても、それはティアが売買の商品だからに決まっている。盗賊が商品を大事にするのは当たり前だからな……) 盗賊である自分にも身に覚えもあることだ。ミランはそうだと決めつけると、頭からルォレンを追い払った。 「ティア、悪いがこれからは快適な旅とは言い難いものになる。それでもついてこられるか?」 ティアは顔を上げると、真剣な眼差しで頷いた。 「はい」 「では、出発しよう」 宿屋の主人リーリアに礼を言う。リビングで腰を落ち着け、お茶を飲んでいた老夫婦にも声を掛けた。 「世話になった」 ミランが言うと、隣でティアも手を振った。 「お料理を教えてくださって、ありがとうございます。きっと、いつか私もポトフというものを、作ってみますね」 「おお、もう行くのかい? 料理はね、ちゃんと自分で作るもんなんだよ。自分を食べさせていくのも、自分の力なのだからね」 「はい。ありがとう‼︎」 さらに、大きく手を振った。 老夫婦の言葉は、ミランにとって胸に染みる言葉だった。確かに、ミランはそうやって独り、生きてきたのだ。 (それにしても、自分を食べさせていくのも自分の力だなどと言われるほど、ティアの料理はヘタクソなのか?) ミランが首を傾げて、眉尻を下げる。その表情で何を言いたいのか察したのだろう、ティアも同じように眉を下げて言った。 「野菜の皮はむいてから食べるなんて、知らなくて……」 ミランが目を丸くする。 「想像していたより、ヒドイな」 二人は、ふっと吹き出してから顔を見合わせて笑った。 ティアが礼を言って、二人は宿屋を出る。モニとシュワルトは先に立ち、空から様子を見回っているはずだ。 ミランは空を眺めると、どこまでも漂っては流れていく、白い雲を目で追っていった。
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