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ひらり、赤く染まったカエデの葉が落ちてきた。
積み重なったそれらが彩る道を、私はゆっくりと歩いていた。遠くからサイレンの音が聞こえる。頬にふれる冷ややかな空気を感じて、首もとのストールをたぐり寄せる。乾いた空気の中にかすかに香る煙たさに咳払いして、私は振り返らずに歩く。
貴方の告白は私にとって最悪のものだった。
これまで過ごしてきた数年。モノクロだった私の世界は、貴方との出会いによって染めあげられた。温かくて幸せで、このために生まれてきた。そう思える時間ばかりだった。私の人生は、貴方と歩むためにある。そう思えて、嬉しくて、満ち足りていて。
貴方の瞳が宙を泳ぐ。その瞬間に気付かなければよかったのだろうか。少しずつ降り積もっていく違和感、ずれていく歯車に目をそらし続けて、隣にある貴方の体温だけを信じれば良かったのだろうか。
触れてしまった。問うてしまった。心に溜まった鉛のような感情、その苦しさに堪えかねて。私は一線を越えてしまった。
そうして貴方は私に告げた。
暮れかけた空。目を惹くような美しい橙を切り裂いて、立ち上る黒煙。
ぱちぱちと音を立てて、赤く、痛いほどの灼熱が、全てを連れ去るように燃えている。すべてが焼け焦げて、崩れていく。貴方と暮らした小さな住処。私の帰る場所だったものが、ただの塵になっていく。二人で選んだお揃いのカップも、くつろぎ笑った二人掛けのソファも、何度も愛を交わしたベッドも。すべて、すべて消えていく。
最愛の思い出たちが、真っ赤に染まった貴方とともに。もう動かない貴方とともに。真っ黒な灰になって、空に一つの線を引く。
さようなら、もう私のものではない貴方。
鮮やかな過去は今、真っ黒に分断されて。もうあの頃には戻れない。
貴方を決して許さない。けれど、確かに愛していたの。
だからせめて。私の愛した貴方のままで、永遠に。
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