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後編
楓ちゃんと嘉納くんと解散したあとの、帰り道。
鼻緒の当たる部分がちょっと痛いけれど、家まではもつかな、と思っていたら、蒼人が気付いた。
「無理すんなよ。バンドエイド持ってきたんだろ?」
「うん、そうだね」
公園を囲む低い塀に腰を下ろす。そして下駄を脱いで、両足にバンドエイドを貼った。
そのあいだに蒼人が近くの自販機に向かい、こちらへ紅茶を差し出した。彼自身は缶コーヒーだ。
「ありがと」
「んん」
紅茶を飲むとホッとした。慣れない浴衣や下駄で、疲れたのかもしれない。
視線を落とすと、咲き誇る芍薬が映る。似合っていたかどうかは分からないけれど、かわいい色と柄だ。
でも、きっとセンパイの目には、隣にいたカノジョがダントツにかわいいのだ。一生懸命なオシャレも、届かなければ意味がない。
私はふふっと笑った。
「張り切って浴衣を着て、はしゃいじゃって、私ほんとバカだねぇ」
「そんなことない。これほどの努力なんて、そうそうできるもんじゃないだろ? 諦めてなにもしないより、よっぽどすげぇよ」
「でも、ぜんぶ……空振っちゃった」
「俺は、がんばるお前を見て、かっこいいって思ったよ」
私は蒼人に向かって苦笑した。
「そこはさすがに、かわいいって言うところじゃないの?」
「……かなではかわいい」
「…………」
「ほら見ろ! やっぱり微妙な空気になったじゃねーか!」
「ごめん。蒼人の口から聞くと、なんかムズムズしちゃった」
すると彼はがっくり肩を落とした。
「勇気だしたのに……」
「え、なに?」
「なんでもねぇ」
ちょっと不機嫌に返事してから、蒼人はこちらを見た。
「センパイを好きにならなきゃよかった、って思うか?」
「……ううん」
失恋したけれど。気さくで、面倒見がよくて、笑顔の素敵なセンパイ。出会ったときに戻れば、また好きになるだろう。
カノジョができる前に告白しても、振られたかもしれない。それでもセンパイを好きな私は、そうでない人生を歩むより、カラフルな毎日を過ごした。
「私、恋をしてよかったよ」
「うん。お前、一生懸命だった」
視界が潤む。
ああダメだ。ガマンしてたのに。これまでがムダじゃなかった、って言ってもらえたら、こらえきれないよ。
「わ、私……」
「分かってるから」
蒼人がポンとこちらの頭に手を置く。それで感情がこぼれた。
「好きだったのに……カノジョがいたなんてひどいよ。わぁあん!」
泣き出した私を、蒼人は自分の胸元に引き寄せた。彼の服をつかんで気持ちを吐き出す。
「浴衣を着てオシャレしたのに。髪の毛だってキレイにしたのに。かわいい、なんて嘘つき! こんなんだったら聞きたくなかったよ!」
「うん、傷ついたよな。がんばったのにな」
「かき氷、分けっこするんだ。バカ、バカ、バカップル! 二人で頭キーンってなっちゃえばいいんだ!」
蒼人がぷっと吹き出した。
「そうだな。見せつけたんだから、それぐらいの制裁はくだるべきだな」
「あと、金魚すくいであっという間にポイが破けちゃえ! それから、射的ですごく微妙な景品ゲットしちゃえ!」
目の前の体が、ククッと笑って震える。
「お前……面白すぎ」
「私、本気で怒ってるんだからね! 心の底から呪ってるの!」
「うんうん、俺もそうなるよう祈ってやるよ」
でも、本当にそうなったとしても、恋人である二人にとっては、笑える思い出になるんだろうな。
センパイの隣にいられるのはあの人。私じゃない。
私は蒼人にしがみついて、ひっくひっくとしゃくり上げた。
「胸が痛いよ……」
「こうしててやるから」
「ごめんね。こんな……」
「俺たち、兄妹みたいなもんだろ。気ぃ遣うな」
「蒼人がいてくれてよかった」
彼がなだめるみたいに、私の頭を撫でる。蒼人に甘えて、気の済むまで泣いた。
* * *
後日、浴衣を返しに行くと、遥ちゃんは事情を聞いたらしく、思いきり同情してくれた。
「大丈夫、もっと見る目のある男がいるから!」
「あ、ありがとう。そんなに引きずってないから心配しないで」
「あーあ、かなでちゃんが本当の妹だったら、かわいがり倒すのに」
「いや、すでに充分かわいがってくれてると」
「ひとつ手があるんだけど、問題はあいつがヘタレってことよね……」
「あいつ? ヘタレ?」
彼女はごまかすように笑った。
「まだ夏休み残ってるよね? どっか遊びに行こう。まぁ、蒼人も荷物持ち要員で連れて行ってやるか」
「出かけるのはいいけど、荷物持ち要員って」
「それでも絶対に来るから、あいつ」
二人でタウン誌を眺めて、行きたいところを挙げていると、蒼人がバイトから帰ってきた。早速、遥ちゃんが荷物持ちを命じる。彼は顔をしかめながらも、諦めた様子だ。
「べつにいいけど。二人で行かせると迷子になりそうだし」
「頼りがいのあるところを見せておくと、好感度あがるわよ?」
「普段から頼りがいあるだろ!」
「へぇ。女子二人で出かけて、楽しんでるところ、逐一メッセージしようか?」
「くっ……悪魔か」
姉弟で、仲がいいんだか悪いんだかよく分からない会話をしている。私は取りなすように言った。
「三人で遊びに行くなんて久しぶり。夏休みの思い出づくりしようね!」
すると遥ちゃんは私の頭をよしよしと撫で、なぜか蒼人に向けてニヤッと笑った。
「天使だね」
彼はグッと返事に詰まり、逃げるようにリビングから出て行った。
私が帰宅して、自室でやむなく課題と向き合っていると、ドアをノックする音がした。
「はぁい、どうぞ」
「俺だけど、入っていいか?」
「蒼人? 大丈夫だよ」
ドアを開けて彼が姿を現した。私は尋ねる。
「どうしたの? 私、忘れ物でもしちゃった?」
「いや、これ買ってきたの渡しそこねたから」
そしてビニール袋を掲げてみせる。中にはかき氷アイスが入っていた。
「わーい、甘くて冷たいものほしかったの!」
「レモンと白くまだけど、どっちがいい?」
「うーんうーん、両方!」
「ハイハイ、半分ずつな」
ローテーブルで向かい合ってアイスを口にする。私は、ちょっと疑問に思っていたことを尋ねた。
「暑いとアイス食べたくなるけど、今年はかき氷率たかくない? 蒼人のマイブーム?」
「ああ、まぁ……これ系は冬には減るしな」
「普通のは一年中あるもんね」
それにかき氷は夏でこそ、という気がする。私は手元のレモンアイスを眺めた。
「夏祭りで食べたのはちっとも美味しくなかったな……」
「……うん。つ、次からはほかのにするか?」
私は視線を上げて、笑顔で言った。
「こうして二人で食べるかき氷は美味しい。分けっこできるから、二種類も味わえるし。蒼人と一緒なら大歓迎だよ」
すると、彼は突然、テーブルに突っ伏した。
「どうしたの? 頭キーンってなった?」
「いや……でも、べつの意味で大丈夫くない。そんなストレートに言うか」
「なんか変なこと口走っちゃった?」
蒼人は体を起こして苦笑した。
「かなではそのままでいいよ。お前が嫌じゃないなら、今年はいろんなかき氷を見つけていこうぜ」
「きっと、ぜんぜん知らないものもあるよね、楽しみ!」
「よかった、かなでが笑ってて」
「うん、元気だよ!」
アイスをこぼさないようにガッツポーズをしてみせると、蒼人はいかにも楽しげに笑った。私はふと思いついて言う。
「そーだ、三人でお出かけしたら、ご当地ソフトクリームも食べよう」
「だな。将来的には……三人じゃなくても」
「迷子になっちゃったらどうしよう」
「そこで外すの俺かよ!」
私が首を傾げると、蒼人はやれやれと肩をすくめた。
「まぁいいよ。いまは、かき氷の上書きができれば」
「なにそれ?」
「つうか、溶けてきたぞ。早く食べないとジュースになる」
「シャリシャリしたのをすするのも捨てがたいけどね」
二人してあわててアイスを食べる。舌に広がるひんやりとした甘み。
夏祭りでは、ココロを冷やしたそれ。
でもいまの気持ちは、あったかくてホッとしてる。
どうしてかな?
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