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前編
「遥ちゃん、今度の土曜日に浴衣を貸して!」
私は隣家のリビングのドアを開けて、いきなりお願いした。
ソファーには大学生の遥ちゃんと、私と同い年の高校生である蒼人が座っていて、突然の乱入者に驚いて振り返る。二人とも、小さなころから仲良くしている幼馴染みだ。
遥ちゃんが尋ねてきた。
「お祭りだっけ? 今年は浴衣にするの?」
「うん! 私服のつもりだったけど、有澤センパイもお祭りに来るらしいの。遥ちゃんがかわいい浴衣を持ってるの思い出して、オシャレしちゃおうかなって」
「恋する女子だねぇ。うんうん、応援するよ。髪の毛も結い上げて、見違えた姿でセンパイを落としちゃえ!」
「えへへ、がんばる~」
はたで聞いていた蒼人が、心配そうに忠告する。
「慣れない下駄でコケるなよ」
「うっ、大丈夫。その日は、おしとやか女子になるから」
「そんなお前、想像つかないんだけど」
「失礼だなぁ。私だってやるときはやるの!」
今度は遥ちゃんが言った。
「いつもの腐れ縁の四人組で行くんでしょ? 浴衣だといろいろ大変だから、蒼人、かなでちゃんをフォローしてあげなさい」
「えー、俺は保護者かよ」
「幼馴染みが健気にがんばろうとしてるんだから、力になるべきでしょ?」
私が上目遣いで蒼人を見つめると、彼はやれやれとため息をついた。
「ハイハイ、分かりましたよ。協力すればいいんだろ」
「蒼人、ありがとっ! さすが頼りになる!」
「こーゆーときは全力で持ち上げるのな……」
遥ちゃんがはしゃぐ。
「私までテンション上がってきちゃった。土曜日が楽しみだね!」
「うん、待ち遠しい~!」
きゃっきゃする私たち二人を、蒼人がしょうがないなという顔で眺めていた。
* * *
お祭り当日。私は早めに隣家へ行き、遥ちゃんに手伝ってもらいながら、ピンク地に芍薬があしらわれた浴衣を着た。髪を編み上げて、小花の連なったバレッタで留める。
「変じゃないかな?」
「かわいいよー。私が男子なら、お祭りデートに誘いたい!」
「よかった~。遥ちゃん、ほんとにありがとうね」
「私も妹がいるみたいで楽しいよ。さ、これでセンパイを悩殺してくるんだからね!」
リビングに行くと、待ちくたびれた蒼人がソファーにだらしなくもたれかかっていた。ドアが開いた音で、立ち上がって振り返る。
「やっと準備できたのかよ。祭りが終わっちまう――」
こちらを見て言葉に詰まる。私はこわごわ尋ねた。
「に、似合ってない?」
「……馬子にも衣裳」
「えー、そういう褒めかたはヤダ」
「お前がほしい言葉を、俺が言ったって仕方ないだろ」
急に不安になる。センパイに変だと思われたら立ち直れないなぁ……。
すると遥ちゃんが、励ますように背中をポンポンと軽く叩いた。
「ちゃんとかわいいよ。自信もって行っておいで」
「うん、ありがと」
彼女に見送られて、私と蒼人は祭りに出かけた。
ポツンと設置された自販機の前で、楓ちゃんと嘉納くんと待ち合わせた。中学のころからの仲良し四人組だ。
楓ちゃんも浴衣姿。嘉納くんがしみじみ言った。
「浴衣女子って華やかでいいなぁ」
私は思わず確かめる。
「ほんとに? 変じゃない?」
「うん、グッとくるよ」
彼が親指を立ててみせる。私は蒼人に不満の目を向けた。
「嘉納くんみたいに褒め上手にならないと、モテないよ」
「べつにいいよ。どうせ俺はつまんないやつだし」
「なんでそんな拗ねてんのー」
微妙な空気になりかけたところで、楓ちゃんが口を挟む。
「まぁまぁ。今日はお祭りを楽しむんだから。ほら、行こう」
「そうだね! 金魚すくいや輪投げもしたいし、いろいろ食べたい~」
「端から覗いていこ」
そうして、賑やかな女子のあとに、のんびり男子がついてくることになった。
四人で遊んだり飲食したり、屋台をつぎつぎ楽しむ。
通りの端に寄って、みんなでフランクフルトを食べているとき。よそ見をしていた蒼人が「あ」と声を上げ、私に対して焦りの表情になった。
なんだろ、と思っていると、嘉納くんが通りに向かって手を上げた。
「有澤センパイ! 祭りに来てたんですね」
私はドキッとする。ちゃんと鉢合わせした。嬉しい。
高まった期待は、センパイを目にした瞬間に消滅した。彼は、大人っぽい女子と手をつないでいたのだ。
こちらに対して、爽やかな笑顔を向ける。
「おお、嘉納。またこの四人組か、ほんと仲いいなぁ。祭りを楽しんでるか?」
「ていうか、カノジョいたなんて初耳ですよ。祭りデートとか、リア充爆発しろ、ですね」
「なんとでも言え。夏休みに入る前に付き合いはじめたから、みんなほとんど知らないよ。まぁ、ここに来れば誰かに見つかると思ったけど」
「祭りは楽しいんですけど、センパイの幸せそうな姿みたら一気にテンション下がりました……」
「はは、悪いな。そのうちお前にもカノジョできるって」
「その励ましは逆に刺さります」
有澤センパイは屈託なく笑ったあと、私たち女子二人に目を止めた。
「浴衣いいじゃん。かわいいな」
「あ、ありがとうございます……」
センパイに見てもらって、そう言ってほしかった。だけど、心がひんやりした。
なんとか笑顔を向ける。
「素敵なカノジョさんですね。とってもお似合いです」
するとセンパイは照れて「サンキュ」と言った。
彼は、私たちにかき氷をおごってくれた。それから、あとひとつを手に去っていった。二人で半分こするんだ……。
イチゴ味の氷は、暑気でほてった体を冷ましてくれる。同時に、熱くなったココロもしぼんでいく。
食べ終わったあと、私の想いを知る楓ちゃんと蒼人が、気遣いの目を向けていることに気付いた。
私はそちらに向かって、元気な声を上げた。
「ね、金魚すくいに行こ! やらないままお祭りが終わっちゃったらイヤだよ。急ごう!」
ぞろぞろ通りを歩いていく。センパイにカノジョがいたことはショックだったけれど、仲良し四人組でいてよかった。みんなと一緒だと、気が紛れた。
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