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「ない…よなあ。
てか、そもそも、ない…わな」
夜遅くまで部屋の中をくまなく探してみたけど、“柚子胡椒の小瓶”以外に、美優の忘れ物は無かった。
でも部屋の中を探していると、今まで気づかなかった美優がここにいた痕跡が、至る所に残っていることに気づいた。
綺麗に三角に折り畳まれたスーパーのビニール袋。
綺麗にアイロンがかけられた僕の夏用の半袖ワイシャツやハンカチ。
食器棚に大きさ順と使用頻度ごとに綺麗に並べられた食器類などなど。
普段から美優は僕ら二人の同棲生活のため、いや、僕のために色々なことをしてくれていたのだ。
でもいつしか僕はそうしてもらうことが当たり前になり、美優に感謝することすら無くなっていた。
「ウソついた後の“ゴメン”だけじゃなくて、普段の“ありがとう”すら、僕は言ってなかったんだ…」
それに気づいた僕は、夜中にも関わらず居ても立っても居られなった。
この部屋に残された忘れものは、美優の買ってきた柚子胡椒の小瓶だけじゃなくて、僕自身が美優に渡せないままになっていた“ゴメン”と“ありがとう”の言葉もだったんだ。
美優の職場は、ここから電車で3駅離れた駅前の美容院。
美優がどこに引っ越したのか分からないけど、職場までは変わっていないはず。
明日は会社をサボって、美優に謝りに行こう。
もう許してくれないかもしれないし、会ってさえくれずに追い返されるかもしれない。
でも、ちゃんと素直な気持ちで、“ゴメン”と“ありがとう”を伝えたい。
それが美優がこの部屋を出て行く時に一番持って行きたかったモノのはずだから。
了
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