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私が歩けば男がかしずく。 指させばそれは私のモノになる。 私が話せば湯水のように金が湧く。 「あははははははっ!」 あの大人気俳優も、石油王も、大統領も、全て私のモノ! 地球丸ごと買えるくらいの金も、端から端まで行けないくらいの豪邸も全部! ……私の目に入るものは、全部私のモノだ。 「はぁ……寝よ、」 もうこの世の全て……欲しいものは全て手に入れた。 ……あぁ退屈。今更何を手に入れたって楽しくないの。 あの頃が懐かしい。 あんなはした金で……あんなミュージシャン崩れの男で、バカみたいに喜んでたあの頃。 戻りたい訳じゃないけど、ただあの頃の感覚をまた味わえるなら……。 ……そうだ。 「ねぇ、神様。もし見てるんなら……私のモノ全部あげる。……だからあんた、私のモノになってよ。」 そんな事言っても、当然何も起きるハズもないけれど。 「……つまんないの」 もし神様が私のモノになったら、私は世界で一番欲しいものがある世界に連れてってもらおうと思ってたのに。 私はそんな事を考えながら眠りについた。 ****** ** 「リズ!リズ!」 ……? 知らない声が、知らない人を呼ぶ声がする。 えーっと、確か私はいつも通り寝て…… 「リズ!」 「はぁ……?」 もう一度大きな声に私がようやく目を開けると、目の前の人が私の事を揺すっていた。 いや、そんな事より……。 「あんた、私の男じゃないでしょ。なんでそんな格好してる訳?」 目の前の金髪で、シュッとした美形の男は……まるで物語の中の人物の様な、じゃらじゃらとした豪勢な服装をしていた。 「……?どうしたの?リズ……調子でも悪い?」 「リズ?誰と勘違いして……どこから入ってきた?!」 「えっ……あそこから……」 目の前の男は正面の大きな扉を指さす。 ……そこで、私はやっと気付く。 「は?ここは……?」 「……どうしたの?リズの部屋だよ?」 「リズの部屋……」 部屋には全く見覚えが無かったけれど、この展開は見覚えがあった。 が……そんな事ある訳が無い。 あんなのフィクションだ。……私が一番アテにしてない摩訶不思議やらの、作り話に過ぎなくて、自分にはまるで縁がないから楽しめるものなんだから……。 ……でも、確認しなきゃ。 私は立ち上がり辺りを見回す。 すると、すぐそこにドレッサーがあったので前に立つと…… 「金髪……ドレス……リズ」 鏡の中の私の容姿は、もう私と言える要素を持ち合わせて無かった。 ……強いて言うなら、女で、美形であるということ以外。 そして、一つ思い出したことがあった。 私の知る中でたった一人、私のモノで無かった人。 私の親友。 ……が、書いた物語に出てくるキャラクターと、容姿と名前が一致している。 「じゃあ……えーっと、テオ?」 私がさっきの男の方を見て、その物語に出てくるリズの婚約者の名前を口にすると、 「ち、違うよ!僕はノア、リズの……幼なじみのノア、だよ」 と、その男……ノアは焦った様に言った。 こんなに豪華な格好をしてるのに、婚約者……つまり王子辺りの人物では無いことに少し驚いてしまう。 ノアと言えば確か、貴族崩れの一族の次男で、……そうだ、リズと幼なじみだった。 でも、最初に自分の部屋で会う男が婚約者でも無い幼なじみなんて、何か嫌な予感がするな……。 「えーっと、ノア。……ちょっと考え事がしたくて、少し一人にしてくれない?」 「ええっ……良いけど、パーティーもう始まっちゃうよ?リズがどうしても僕と行くって言うから、服も借りたのに……」 パーティー? ……何となく思い出してきた。 けれど、尚更急ぐことは出来ない。 「分かってる。……すぐ行くから、少しだけ」 だってリズは…… ……私は酷い尊厳破壊を受けて、地位も金も、何もかも失うんだから。 *** ノアを一旦追い出して、私はその物語を思い出していた。 親友は、その物語を私の為に書いたと言っていた。 ……こうなるならちゃんと読んでおけば良かった、なんて思ってもしょうがない。 何せ主人公が不憫すぎて、途中で読むのを辞めてしまったからだ。 でも、幸いにもこの物語は親友からの初めてのプレゼントだったから、冒頭は何度も読み返していたのでかなり覚えている。 そして結論から、リズはテオ……婚約者に相当嫌われている。 彼の好きなタイプはおしとやかで美しい女性だった。 リズは最初こそ彼の前ではおしとやかに振る舞っていたけれど、自分勝手な性格がたたり、一緒に過ごすうち段々と嫌われていって、今では婚約者なのにパーティーすら一緒に出てくれない程嫌われている。 なのにそのパーティーですらリズは悪目立ちして、最終的に大勢の前で婚約破棄を言い渡されてしまう。 と……これが物語の導入。 今考えると全く酷いものだけれど、こんなものじゃ済まされない。 リズは今までしてきた事全て清算するくらい、物語の中で徹底的に堕とされる。 ……そんなの、冗談じゃない。 読んでいる間、私がこの状況ならもっと……という場面がたくさんあった。 それをやればいいだけだし、私にとっては簡単だ。 「あっ、リズ……良かったぁ、」 私が勢い良く扉を開けると、律儀にもそこで待っていたのか、ノアがほっとして声をかけてくる。 が……このノアも、実はかなり信用出来ない。 確かリズが婚約破棄されて、新しい恋もとい婚約者を探してる頃はまだ健気に一緒に居てくれた。 でも……まぁ多分リズが酷い事をしたんだろうけれど、リズが家を追い出されて一文無しになった途端、「お前とは金の為に一緒に居たんだ」と捨て台詞を吐かれる……って感じの最後だった気がする。 正直そこから後はあんまり覚えていない。 誰か一人と一緒に居た気はするんだけど……。 「リズ、なるべく急いで着替えるんだよ?……お手伝いさん準備してるから」 「……わかった」 優しく声を掛けられる。 全くこいつもとんだ演技派だ。 最近はそこまでする程の男も女も居なくて忘れていた。 人って、善を演じて人を堕とすんだ。 「あっ……お嬢様、こちらです……」 「い、急いで着付けますので……!」 連れてこられた部屋に入ると、見るからに怯えたメイド達が居た。 リズは幼稚で自分の居る地位に甘えて育っていて、我慢というものを知らなかったから、メイドや使用人達への態度は酷いものだったと書いてあったので、そのせいだろう。 ……これは、下手に動くと書かれてない未来か別ルート辺りでメイド達に復讐されかねない。 私は大切な事……リズの最後さえ結局聞けていないんだし。 ……しょうがない。 そもそもこんな甘い世界なのに、地獄の様な生まれから這い上がった私を舐めてもらっちゃ困る。 「ひっ……!お、お許しを……!」 目の前に居た一人のメイドの手を両手で包み込むと、まるで殺すとでも言われたかのようにそのメイドは焦り、周りのメイドも固まり出す。 「……ごめんなさい、私……今まであなた達と仲良くしたくて、構って欲しくて酷い事を……」 「……はい?」 「さっきノアに聞いて、やっと分かったんです。仲良くするには手を取って、向き合って話す事だ……って!」 「……?は、はい……」 勿論、こんな事で今までリズのしてきた事がチャラになったり、このメイド達が味方に回るなんて思っていない。 でも、大切なのはリズが少なくとももう危害を加えると思われないようになる事。 そこまで行かなくとも、何か変わった事を示せれば…… ……つまり、狙うは中立だ。 端から味方になってもらうつもりなんてないのだから、彼女らの想定外の攻撃に逢わないなら、それで良い。 「……」 手を取られたメイドはまだ固まっている。 無理も無い、あんなにいびって悪態をついてきた奴が、急に謝ったって…… 「お嬢様……っ!」 「私、感動致しました!」 「お嬢様!」 ……は? 「えっと……」 「そうだったんですね、お嬢様、……どれだけお辛かったか……」 「私で良ければぜひ仲良くしてください!」 「とりあえず、お着替え致しましょうね!」 ……彼女達には、疑う心というものが無いんだろうか。 一旦改心したように見せかけてまた裏切るなんて、常套手段……使い古されて逆にもう、誰も真面目にする人なんて居ないくらいなのに。 「わぁ、お嬢様……お似合いです!」 「いつも言えなかったんですが……やっぱり何でも似合いますね!」 「ありがとう……」 あまりの空気の変わりっぷりに拍子抜けしてしまう。 私が上手く行きすぎて逆に彼女達を色々疑いながら外に出ると、ノアが少し険しい顔をして待っていた。 「……どうした?」 「リズ、さっき僕が仲良くする方法を教えたって言ったでしょ。……僕、そんなのいつ言ったっけ」 起きた時は名前を間違えても丁寧に説明してくれたのに、やけに細かい。 私は咄嗟に、 「……夢の中で、ノアに言われたんだよ」 と言う。 ……すると、ノアは真っ赤になってバッと後ろを向いてしまった。 その顔は見えないものの、耳まで赤くなっている。 ……え?もしかして、ノア……リズを……? ……正直、人生をもう一回やり直すくらいハラハラドキドキの……壮大な駆け引きが色んな人と起こって、何なら全人類vsリズが始まってもおかしくないとまで思っていたけど、……もしかして、私…… とんだ茶番劇……ぬるま湯に入ってしまったんじゃ……。 **** 「やっぱりちょっと遅れちゃったね。……リズ、大丈夫?」 ノアと2人で揺られてやって来たのは、王族主催の正式なパーティーだ。 多分ダンスパーティーなんだろうけれど、幸いな事にダンスは一通り習っているし、多少違っても基礎を知っているからそれっぽい動きは何とかなるだろう。 とんだぬるま湯だと思ったけれど、本当にたまたまメイドとノアが堕ちやすいだけ……或いは堕ちたフリをしているだけかもしれない。 つまり、まだ油断は早々出来ないと言う事なんだ。 「リズ、正面から入るよね?……えーっと、手を……」 「あー……違うよ、ノア。入らない」 「えっ……せっかく来たのに……?」 私は戸惑うノアの腕を引いて、人気ひとけの無い茂みの方まで引っ張る。 「ちょ、ちょっと!リズ!」 「しーっ」 リズが婚約破棄されたのは、別の女の人とパーティーに参加したテオに腹を立てて問題を起こしたからだ。 今直接テオに近づいても、彼の好感度は最悪だろう。 じゃあどうすれば良いか? ……そんなの簡単。 私はノアを木陰に追いやり、優しく片手を木につく。 「リズ……?」 「ノア……脱いで」 私が堕とせる人を、今夜で堕としてしまえばいい。
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