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〘3〙
「リズ!お茶持ってきたよ」
「ありがとう、ノア」
あれから丸三日書斎にこもって、歴史、学問、流行りの文学に自分の家の事までありとあらゆることを調べていた。
「……でも、リズがこんなに集中して……沢山の本を読むなんて」
「あははっ、急に色々知りたくなっちゃったんだ。……ノアなら分かるでしょ?私が思い付きで行動する事」
「まぁそうだけど……」
「……ほんと、私のわがままに付き合ってくれるのはノアだけだよ」
「っ……!」
情報を一気に取り込んで疲れていても、身近な人への言葉のサービスは欠かさない。
……特にノアは、元の物語でも『金の為』とは言えあそこまで厄介なリズに付き合っていたんだから、相当な能力を持っているだろうし、……敵にしたら大変な分、味方に出来ればかなり頼もしいだろう。
「でもリズ、どうしたの?……男装して外に出たいなんて」
「ん?……あー、前のでちょっとハマっちゃったんだ」
そう。
この残りの本を読み終えたら、私は男装してソフィアの元に行くつもりだった。
……本来ならもう少し後に、彼女から来るのを待つつもりだったのだけれど、『リズの復讐』を並行するなら、もっと早く私に堕ちて貰わないと。
****
「……行ってきます」
夜、手伝いで疲れて寝てしまったノアの頭を撫でそう言い、そんな『優しいリズ』を見守るメイドに「しーっ」と人差し指を立ててから、衣装室に向かう。
勿論男装して深夜に家を出るなんて、家族の誰にだって秘密だ。
そう言えば、リズの家族はあんまり描写されていなかったけれど……どんな人なんだろうか。
除名はされたけどそれはリズの問題行動にやむなくといった感じだったから、意外と常識人なんだろうか。
「お嬢様、こっちです」
「ありがとう」
そう言えば、メイドの名前も今覚え中だ。
皆の前で呼んで一気に好感度を上げるつもりだったけど、今私の着付けをしているメイドは調べると『ワケあり』だったし、家族への口止めの意味も込めて呼んでおこうか。
「……お嬢様、ほんとにこれで大丈夫なのですか……?外に出られるのに、このような……」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。……サラ」
私が彼女の呼ぶと、絵に書いた様に驚かれる。
怪しむんじゃなくてこんなに喜ばれると、ちょっと拍子抜けしてしまう所もあるけれど。
……とにかく、サラは後々力になってくれそうな存在というだけで、今の目的はソフィア。
彼女にはもう一度会って、それで私が女でも構わないくらいに堕ちて貰わなきゃいけないんだし、その為に私は彼女の生活環境まで調査したんだから。
「本当にここまでで大丈夫ですか……?心配です、こんな治安の悪い所にお嬢様を連れて行くなんて……」
「大丈夫。ここの事については大方調べたし……実は私、こう見えて腕っぷし強い方なの」
メイドなのに馬まで操れる彼女に連れられ、ソフィアの居る街の前まで送って貰ってそこで降りる。
サラはまだ不安そうに私を見ているけれど……それで良い。
いざとなれば彼女が守ってくれるだろう。
サラはそれくらい使える家に忠誠な人物だ。
(ソフィアは……確かここら辺に……)
ソフィアの家を探してうろついていると、1人の少女の人影があった。
(ソフィア?……いや、違う)
よく見るとそれはソフィアより幼い少女で、……多分彼女の妹だ。
(……よし、いい事思いついた)
私は早速飛び出して、危なっかしく井戸の水を組みあげようとしている少女の元へ駆け寄る。
「あっ……!」
「危ない!」
すると丁度良くと言うべきか、その少女は井戸に落ちそうになり、私は颯爽とそれを阻止して彼女を抱く。
「大丈夫ですか?お怪我は……」
「うえっ?!あ、あなたは……?」
「……私はただの通りすがりの者ですよ。……それよりこんな夜中に1人で水汲みなんて、どうされたんですか?」
「う……あの、お姉ちゃんがお熱だしちゃって……」
「それは大変だ、私に手伝わせてください」
……それは都合がいい。
こうも上手くテンプレートが行くとは思わなかった。
私は少女に連れられて、調べてあった通りのソフィアの家に招かれる。
そこには小さなベッドと、そこに寝ているソフィア、心配そうに泣いている幼い少年が居た。
少年への説明は少女がしてくれるらしい。私はその間に汲んできた冷たい井戸水にハンカチをつける。
「あ……あの!私たちにもできること……」
「しーっ……じゃあ、このハンカチで頭を冷やして、このタオルを濡らして絞って体を拭いてあげて欲しい」
「……!分かった……!」
「いい子だ。……私は、消化に良い食べ物を作っておきますね」
「うん……!」
ソフィアの家は両親が居なかった。
この時代は良くあるらしい。病気や事故、戦闘で命を落としたり、離婚なんかのいざこざで捨てられたり……。
だから歳の離れた姉のソフィアが母親代わりなのだろう。
いつも良くしてもらっているからか、2人の弟妹は熱心に彼女を介抱している。
「食料は……よし、ギリギリ足りてる」
全く同じでは無いけれど、幸いな事にほぼ変わらない食材がこの世界には存在していて、前調べたものだとおかゆに似たものも他国発の料理として確かにあった。
この地域で盛んな植物だからかこの家にも現代で言うお米のようなものもあって、今日はそれを使って薬草がゆでも作ろうかと思った所だ。
……完璧すぎる。
憧れてた王子様が弱っている庶民な私に尽くしてくれる……なんて、普通の少女を堕とすあとの一押しには完璧すぎる。
考えていたものより偶然で圧倒的に良い構図が出来てしまった。
……運も実力のうちなんだろうか。
「いい匂い〜」
「君たちの分もありますよ。……お姉さんの介抱は終わりましたか?」
「やったー!」
「終わったよ!」
弟妹ははしゃいで私の周りを飛び跳ねる。
すると、その声といい匂いに目を覚ましたのか、ソフィアが「どうしたの?」と言う声が聞こえてくる。
「お姉ちゃん!ご飯だよ!」
「えっ……アン達がやったの?危ないからダメだって言って……」
「違うよー、お兄ちゃんがやってくれたの」
「お兄ちゃん?」
不思議そうなソフィアの声に合わせて、おかゆを持ちながら私は顔を出す。
「……!あなたは……!」
「すみません、勝手にお邪魔して……」
私の登場に、ソフィアはびっくりしたように目を見開く。
「どうして、ここに……?」
「さっき、あの子に会ったんですよ」
「……アンに?」
「私が井戸に落ちそうになったの、助けてくれたんだよー!」
「井戸?!」
私が『アン』と呼ばれていた少女の方を向いて言うと少女も続けて言い、その言葉にソフィアは青ざめる。
「アン!!井戸には近づいちゃダメって、あれほど……!」
「ご、ごめんなさ……」
「まぁまぁ。助かったんですし、そこまでにしましょう?……アンさん?……も、もうやらないとお姉さんに約束しましょうね」
「う、うん!約束する……!」
私が仲裁すると、ソフィアは「ふー…」と息をつく。
「……体調の悪い時にすみません」
「い、いえ……」
かしこまるソフィアに、そろそろ良いか……と私は立ち上がる。
「では、安静にしてくださいね。私はこれで……」
「ま、待ってください!」
「……何でしょうか?」
……来た。
これを待ってた。
私はニヤケそうになるのを軽々と我慢して、ソフィアの方を見る。
久しぶりの感覚だ。
……堕ちる。
ソフィアはもう、私の手の内……。
「……エリザベス様ですか?」
……は?
「エ……リザベス?どうして?」
「いえ……ただ、お姉様が……」
「お姉様?」
どうしてソフィアがリズの本名……エリザベスを?
……有り得ない。
いや、それだけじゃない。
ソフィアには妹と弟しか居ない、これは確実なのに。
だって変わるはずがない。
この物語は『そう』書いてあったのだから。
……。
……でも、現にそうなんだから、考えなきゃ。
可能性は二つ。
ここが単にあの物語と天文学的な確率で酷似していただけの別世界、又はあの物語を元に作られた別世界である可能性。
もしくは……
「久しぶり、元気にしてた?」
「お姉様?!どうしてまた……」
「!」
……何者かに書き換えられた可能性。
「……やっぱり来たね。リズ」
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