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俺の後ろ側から聞こえてきた男性の声。誰だか知らないが俺の邪魔をしやがってと思う気持ちと、どこかホッとしたような気持ちが入り乱れながら、俺は声の主の方に顔を向けた。
「いやぁ、これぞまさに間一髪。間に合って良かった」
頭頂部まで額が広がった温和そうな表情の男性が安心したように言葉を続けた。
「ダメですよ。どんなに辛くても死んだらおしまいですよ」
その言葉は何度も何度も自分に言い聞かせてきたものだ。そうして何とか頑張ってきていたのだ。死ぬのは怖い、でもこのまま生きていくのも辛い。ギリギリで保っていた俺の心の均衡が、朝礼での上司からの叱責で崩れてしまった。そして俺は、死ぬ方に傾いた心に従い、今まさに電車に飛び込もうとしたのだ。
「あんた、なんで邪魔をしたんだ。俺はもう、こんなに辛いまま生きていくより、死んで楽になる方を選んだのに」
「それは失礼しました。でもあなた、最後の一歩を本当に踏み出しましたか?」
天使に見えた通過列車に飛び込むための最後の一歩、俺は確かに踏み出そうとしていた。でも……。
「あなた、最後の一歩を踏み出すことを一瞬ためらいましたよね。だから、私はあなたの体を黄色い線の内側に引っ張ることができたんですよ。あなた、心の奥ではまだ結論が出ていないんじゃないですか? ここでこうして会ったのも何かのご縁。私にあなたの話を聞かせてはもらえませんか」
男性に促されるままホームのベンチに腰を掛けて、今の職場での上司からのパワハラ、健康への不安、溜まりに溜まったストレスを吐き出した。
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