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「何やってんだよ」
声をかけられ、体が震えた。
笑顔を作ろうとしたのに、顔を上げられない。
だって私は、泣いていたから。
千春は黙って部屋に入り、私の隣に腰掛ける。
ぎしっと体が沈み、私はいそいで涙をこする。
「い、いよいよ明日だね。引っ越し」
なんでもないふうに言ったはずなのに、私の声は震えていた。
隣にいる千春の顔が、にじんで見えない。
「東京で、はめ外して遊びすぎたら、お姉ちゃん怒るからね?」
へらっと言って、笑いかける。だけど千春は何も言わない。
いたたまれなくなり、私はベッドから立ち上がる。
「じゃ……」
歩き出そうとした私の手を、千春がつかんだ。
そのままぐっと引き寄せられ、ベッドの上に戻される。
ぽすんっと座った私の隣で、千春が低い声でつぶやいた。
「たぶん好きだった」
「え?」
「俺、小春のことが」
千春の声が突き刺さる。
私は呆然と千春を見ていた。千春も私のことを見ていた。
ものすごく長いような、でも一瞬のような、不思議な時間が流れたあと、千春がはっと息を吐くように笑った。
「ごめん。気持ち悪いよな、こんなの。実の姉を好きなんて」
そしてくしゃくしゃと頭をかきながら、言葉をつなげる。
「やっとわかったんだ。誰と付き合ってもうまくいかなかった理由。だけど一生言わないつもりだった。言わないで出ていくつもりだった」
千春の手が止まり、私の目をじっと見つめる。
「でも……無理だった」
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